| 空は赤く染まりだしていると云うのに、その中は蝋燭の明かりのみしかない 地下牢なのだから、当然といえば当然なのだが。
抵抗して殴られたのか。口の端に血を滲ませたジョウイが、兵士に両脇をがっちり押えられて現れた。 尤も、怪我の度合いとしては明らかにケイの方が酷いので、彼は放り込まれるなりまずそれに驚いたのだが。
しかし荷物は全部取り上げられているため薬もなく、止血以外は出来ていない状態だ。 ナナミが何度も見張りの兵士に、薬だけでも良いから渡して、と訴えたが聞いてもらえるわけもなく。 「……ケイ、大丈夫か?」 少し顔を歪めているケイにジョウイは心配そうに問うが、彼女は表情を明るく変えて 「これくらい大した事ないよ。骨折った時のが痛かった」 平気だと笑う。 明らかに強がりだ。骨を折った時が痛いのは分るが、今痛くないと云う事にはならない。 しかもケイの場合は、傷を負ったらその所為で熱を出す事が多い為、三人はそちらも心配なのだ。 「まってて、ケイ! お姉ちゃん薬くれるよう、もう1回たのんでみるから!」 「ナナミ待った。そんな事より、もう一回状況を確認しよう」 「そんなことじゃない! ケイはちょっとおとなしくしてなさい、お話はあと!!」 ビシリとナナミに言われてしまうと、ケイもぐうの音も出ないのか。 仕方なく大人しくなり、カイとジョウイはお互いの顔を見合わせ、少し笑った。 そして、ふと我に返ってジョウイが 「……でも、どうして僕等がスパイなんて事にされてるんだろうね、カイ」 と言い、カイが頼りない顔で小さく頷いた。 そんな二人にケイは、首を横に数度振ると盛大に一つ溜息をつく。 「ばっかだなー、そんなの分りきってるだろ。スケープゴートだよ」 「すけー……と?」 「スケートじゃなくて、スケープゴート」 彼女の言った言葉が理解出来てない兄は首を傾げるが、幼馴染は口を押えて『まさか』とでも言いたげな顔だ。 「スケープゴート……身代わり。生贄の事だよ……カイ」 「え? イケニエ? なんで、どういういみ??」 そこまで言われても分らないらしいカイの頭を、ケイは一度叩き 「だっから! 「よく分ってるじゃないか」 地下の所為で反響する、今の彼等……とくにケイにとっては、怒りを煽るだけの声が聞こえて 彼女は反射的に、聞えた方とは逆の方を向いた。
薬を渡せと騒いでいたナナミが、ラウドの出現で眉を寄せてぐっと黙り込んだ。 彼女もまた、彼に確り恨みがある。可愛い妹に怪我をさせてくれたのだ、好きになれるわけがない。 「隊長……」 呟いたジョウイの声には、ただ現状に対しての困惑が見える。 しかし格子の外にいるラウドには、そんな事は関係ないのか。目の前のナナミ越しに、座り込んだジョウイとカイに視線をやると 「しかし2人共。あの急流に飲まれてよく生きてたな、大したもんだ」 本当に感心した様な声色でそんな事を言うから、ジョウイは眉間に皺を寄せて彼を睨んだ。 「何故、僕達を…………それに、あの男は」 「すまんな。カイ、ジョウイ」 形だけの謝罪。そこに悪いと言う気持ちは、これっぽっちも入ってはいない。 「あの方……ハイランド王国の皇子ルカ・ブライト様には、大きな野望があるのさ。それにな、俺にもちょっとした野望がある」 「え? おうじさま??」 だがラウドの話は、真相を知りたい彼等の興味を駆り立てるのは充分だ。 苛々と背を向けていただけのケイですら、今では背中越しに耳をそばだてて聞いているのだから。 皆が静かに自分の話を聞いている事に気分を良くしたのか、彼は演技がかった調子で 「ルカ様の野望のために、生贄が必要だったんだよ。都市同盟の奇襲によって、少年兵で作られた王国の部隊が全滅 大凡、ケイとジョウイが予測した通りだ。考えろという方が困難なくらいの、筋書き通りの物語。 「どうだい、お嬢ちゃん。都市同盟ってのは、酷い奴等だと思わないか?」 「そ、そりゃあ……カイとジョウイが、って思ったらゆるせないけど……」 「その通り。バレなきゃ嘘も真実になる」 ぐっと黙り込んだナナミに、ラウドは口の端を攣り上げた。 「ルカ様が目的を果たすためには、戦乱が必要なんだ それにケイが「ちっせー目的」と呟いた声は、ラウドの耳に入ったのかどうかは分らないが 彼は大袈裟に動かしていたその手を下ろし、少しだけトーンを落した声で告げる。 「そのために、お前等には憎むべきスパイとして死んでもらわなければならん。本当の事は、その胸に仕舞ったままな」 たった一つ、響いていた声が石壁に吸い込まれる様に消え
「そんな……そんな事のために、仲間を……皆の命を奪って」 格子を掴んでガチャンと揺らしたナナミに、ジョウイが心底苦しげに呟いた。 カイは悲しげに顔を顰めたまま何も言う事はなく、ケイはラウドに背を向けているためその表情は見えない。 しかし、それぞれが知った現実に苦しんでいる事は、容易に分る。 「すまんな……」 口をついて出たその言葉は、今まで吐いたどの言葉よりも血の通った言葉だっただろう。 それはラウドの心中から出た、真実の言葉だったのだから。 「今の俺には、それしか言えんよ」 だが、それ以上は彼の立場では言う事は出来ない。 何せ自分が、この状況の一端を担っている。いや、どちらかと云えば主犯寄りの共犯者だ。担っているどころではない。 彼とて、一年を共にした部隊の少年達の事が憎いわけではない。それなりに情もあった事だろう。 それでも、自分の目的を選んだのだから。
その場を立ち去ろうとしたラウドに、兵士が駆け寄ってくると敬礼をしながらそう言う。 「そうか」と頷くと伝令兵はその場を去り別の兵士が四人、カイ達の入った牢屋の前にやってきた。 「カイにジョウイ、時間だそうだ」 「何? どういう……」 一人が扉を開けたかと思うと他の三人が中に入ってきたので ナナミが驚いた様に後ろに下がれば、兵士達がそれぞれにカイとジョウイの腕を掴んだ。 「え?!」 「じゃあな、2人共。面倒な裁判はサービスしといてやるから、大人しく処刑台に行ってくれ」 「しょけい!!?」 「裁判がないだって!? そんな馬鹿な。こんな事、法で……!!」 必死で引き止めようとするナナミだが、大人の男の力にはそう敵うわけもなく。 腕を無理矢理取られ連れて行かれる二人も、一応の抵抗はしてみせるが成す術なく引き摺られていく。 「そっちのお嬢ちゃん達も、日取りが違うとは云えいずれ同じ運命だ」 ラウドは牢屋の外で騒ぐナナミと、無言で背を向けたままのケイを見た。 自分がここに来る前は、随分と威勢良く話していたと云うのに、今は一言も発さず大人しくて不気味だ。 しかしその態度を観念したものだと思ったラウドは、ようやく牢屋から引き摺り出された二人を見ると 満足そうに……けれど、どこか悲しげに見える顔で頷くと、その場を立ち去った。 ジョウイが連れて行かれる瞬間に、ケイが彼にだけ聞えるよう呟いた。 『必ず助けるから』 そんな言葉には気付かずに。
流石に疲れてきたのか、今は大人しく牢屋の床に座り込んでいた。 「カイとジョウイ、大丈夫かなぁ……しょけいって、何するのかなぁ……」 動きはなくても言葉はぶつぶつと呟いている。 むしろ何か言っていないと不安に押しつぶされそうなのだろう。しかし何を言っても妹は、自分から背を向けたままで。 「ねぇ、ケイってばー……」 後ろから覗き込むようにして見れば ケイは止血していた布を、血で真っ赤になった面を上にして巻き直していた。ぱっと見たら、随分な出血に見える。 その為、ナナミも案の定勘違いした。 「ケ、ケイ!! そんなに血がでてたの!? なんでもっとはやく言わないのよ!!」 焦るナナミだが、ケイは至って落ち着いたまま人差し指を口に当てる。傷が痛んでいるという風にも見えない。 「な、何……?」 そんな様子に、ナナミは少し声のボリュームを落として、外へと背を向ける形でケイの横に並んで座った。
「さくせん?」 小声で告げられた大胆な……でも妹らしい言葉に、頭のどこかでナナミも納得して。 首は傾げているが分ってくれたらしい姉の態度に、ケイは頷いてそのまま言葉を繋ぐ。 「そう。ナナミは、ボクが凄い出血で苦しんでるって、見張りの兵士をこっちに呼んでほしい」 「でもあいつら、ぜんぜん人のはなし聞いてくれないわよ」 「そこをなんとか呼ぶんだよ。そしたら、ボクは扉近くに座っておくから、そっちを見るだろう 「しめ上げる!」 「その隙に、ボクは持ってる鍵を奪う!」 「なるほど!」 元より無茶苦茶なこの二人が、ストッパー役のカイとジョウイを欠いた状態で無茶をしないわけもなく。 しかも作戦としては相当運任せで、普段の冷静なケイならこんな穴だらけの作戦を決行する訳もないのに 何の処理もしてない傷が熱を持ち始めているのだろうか。上手く思考が纏まっていない上に、大丈夫だと思っている。 「一応、ムクムクが居るけど……助けはないって、考えといた方が良いし」 扉の傍に腰を下ろして呟いたケイの言葉は、すでに騒いでいるナナミの耳には入っていない。
煩かったと言うのもあるだろうが、暇だったのも大きな要因だろう。 「うるさいうるさい! 騒ぐな!!」 「だったら手当てするためのどうぐを出してってば! ほらみてよ! すっごい出血なの!!」 真に迫った……と云うより、実際に手当てをしたいのでほぼ演技ではない彼女の様子に、兵士が指差された方を見れば 壁に凭れて牢の扉に頭を預け、真っ赤な布を巻いた足を抱えたケイの姿。
彼はごくりと、生唾を飲んだ。
僅かに声が上擦ったが、彼女達は完全に別の目的に思考が走っているので、そんな事に気付く筈もない。 だが計算外だったのが、その兵士は牢屋と距離を保ったまま扉の方に近付いたのだ。これでは締め上げたくても腕が届かない。 このままじゃ不味い、と二人が思ったその時に 何を血迷ったのか、その兵士が扉を開けた。嬉し過ぎる誤算だ。 開けば、ケイが怪我をしているとは言え相手は一人しか居ないのだし。なんと言ってもナナミが居る。 武器を使うより体術のみで戦う事で力を発揮する彼女は、四人の中で唯一師であるゲンカクと引き分けた事のある猛者だ。 扉を開けてしまった今、彼が二人の態度に気付いて剣を抜いたとしても その前にナナミが兵士をノックアウトする確率の方が、遥かに高いといえるだろう。 しかし、兵士の行動は彼女達には更に謎だったのだ。彼は何故か、ケイの腕を掴んで外に出そうと引っ張った。 「な!! ケイに何するのよ!!!」 「手当てするんだろ、こっちでやってやるからお前は大人しくしてろ!」 「だめだめだめー!! ケイの手当ては私がするの、そうじゃないとさくせんが……って、あ」 ――……ボクの腕引っ張らないで、そのまま締め上げてくれれば良かったのに…… 思わず遠い目をしながら、ケイは両腕をそれぞれに捕まれたまま、見事に口を滑らせた姉に溜息をついた。 「作戦だと! お前等……」 当たり前だが、完全にバレたのだろう。明らかに顔色の変った兵士に、ケイは足払いでもかけてやろうと痛む右足を立てた。
「ムーーーーーーー!!!!!」と言う、とても聞きなれた鳴き声と 「ギャーーーーーー!!!!!」と言う、とても情けない叫び声が響いて 兵士は牢屋の中に、頭から転がった。
初めに決めていた役割のまま、ナナミは転がった兵士の背中に馬乗りになると首を完全にロックし 一瞬で落した。
「えっへん!!」 瞬殺と言う言葉が似合い過ぎるその状況に、ケイ本人も昔味わった技のキレを思い出して、僅かに遠い目をしながら立ち上がると ナナミは胸を張って笑う。本当にお姉様様、だ。 そしてもう一人(?)の、この場を見事に打開してくれた立役者は 「ムクムク! たすけにきてくれたの?!」 「ムム!!」 牢屋の外を見れば、びしっとピースサインを決めたムクムクが、満足そうな顔で立っていた。 「いいタイミング過ぎだよもー……計ってただろ?」 「ムムーム」 「あはは! でもほんと、いいタイミングだったよ。これで、カイとジョウイをたすけに行けるね!」 「うん。ムクムク、お手柄だ!」 「ムー!」 頼もしい援軍と二人は一頻り喜び合ってから牢屋を出ると、格子戸に差されたままだった鍵をきちんと掛けてから抜いて 空いていた牢屋の鍵も締めてその中に鍵を放り込み、まずは見張りが座っていた場所へと向かう。 机の上には特に何もなかったが、下にはケイ達から取り上げた荷物と武器が乱雑に押し込められていた。 「よし、全部揃ってる!」 「それじゃあ……」 ジョウイの分は愛用の棍だけだが、二人はそれぞれ自分達の荷物を持ち ケイがジョウイの棍とカイのトンファーを持ち、ナナミはカイのリュックを持ちながら 「処刑場って、南の方だっけ」 飛び出して行きそうな妹の首根っこを掴むと、本気で締まったのだろう『ぐぇ』と云う可哀想な声が聞こえたが、姉はお構いなしだ。 「先にケガの手当てでしょ! あらってもないんだから、このままだとかのうしちゃうわ!」 「ちょ、そんな事してる暇なんてないってば! 早くいかないと、二人が危ないんだぞ!!」 「ケガの手当てするくらいのじかん、まっててくれるわよ!!」 「待ってるわけないだろ!!?」 それでも、リュックの中から薬を引っ張り出そうとしているナナミに 「助けるって約束したんだ!!」 とケイは、ムクムクを押し付けると確りと二人の武器を抱えて走り出した。 「ケイ!! こら、まちなさい! 足、ケガしてるのに走ったりしたらダメでしょーー!!!」 そうなれば、ナナミもムクムクを荷物と一緒に抱いたまま、慌てて後を追う。 そして散々騒いでいた所為で、残っていた兵士達も……
が、背後から凄い勢いで走ってくる姉が居る事は分っているため 「突破だ!!」 「いっくわよー!!」 「ムムーー!!」 声を上げたケイに、ナナミと、ムクムクまでも反射的に返事をすると ムクムクは抱かれていた腕から飛び出し、ナナミは武器を構えて兵士達に突っ込んだ。
完全に両手の塞がったケイが逃げ回ったりをする必要もないほど、一人と一匹は兵士達を完膚なきまでに叩きのめしていった。 階段や外に出るための通路に、点々と兵士が倒れている。 どうやら殆どの者に意識はあるらしく、人によっては『そ、そんなおもいきり……』と何やら呻いていたが ケイは何も聞かなかった事にしてナナミ達の後を追った。 「もーーーぉ、おこった! ゲンカクじいちゃん直伝、花鳥風月百花繚乱竜虎万歳拳くらわすわよ!!」 「ムーーーーー!!!」 そんな事を言われて少女とムササビに追いまわされれば、大抵の人間は逃げるだろう。仕方ない。 お陰でケイは痛む足で無理をする事もなく、倒れた兵士達を踏みながら走っていたら 「……カイ! ジョウイ!!」 処刑場に行った筈の二人が、兵舎の門の傍で呆然と立っている姿が眼に入った。 彼女よりも先を走っていたナナミは見事にその前を通り過ぎたが、ムクムクはその姿を見つけるなり定位置へと飛び乗り ケイも真っ直ぐに二人の下へと走り寄る。
ようやく気が付いたらしいナナミも、追回していたらしい兵士二名を地面に沈めてから、二人へと駆け寄った。 「え、え、え? どうして2人がここにいるの? なんで??」 本気で不思議そうなナナミに、カイとジョウイは思わず困った顔を見合わせて 「えっと……2人をたすけに」 カイの言葉に、ナナミが「なんだぁ」と声を上げて笑う。むしろこの状況を笑いたいのは、カイとジョウイの方だろうが。 そしてケイはと云うと、手に物を持ったままジョウイの腕を掴んだものだから、自分の武器までが散らばっているのだが そんな事も気にせず……いや、気にしている余裕がないのかもしれない。 俯いているため表情は分らないが、掴まれた腕が小さく震えている事にジョウイは気がついた。 「ケイ……」 「良かった……無事だったんだ……良かった……」 荒縄を巻いた棒で散々叩かれたので、牢を出た時ほど無傷ではないのだが。無事である事には変わりない。 独り言の様に繰り返される小さな言葉に、ジョウイは目を細めると 「うん、僕もカイも無事だよ。だから……安心して」 少しだけ彼女を抱き寄せて、優しく背を撫でた。 その声に、手に、安心したのか。ケイはようやく顔を上げると、少しだけ泣きそうな、そんな顔で笑う。 「助けに行くって言ったのに……来られちゃったね」 「良いじゃないか、どっちも無事だったんだから。二人が無事なら、それで良いんだよ」 微笑むジョウイに、ケイもようやくいつも通りの顔で笑い、カイとナナミもほっとした様子で笑って……
遠くの方に声をかける様に手を口横に添えて、ケイ達は全く見た事のないごつい、なんとなく熊を思い出させる男が 何やら黄昏た空気を背負って、そんな事を言った。
まず初めに反応したのはムクムク。 反応と云うよりも、威嚇だったが。
自分の頭の上でフーっと毛を逆立てたムクムクを、カイが慌てて止めれば ケイは目を丸くし、ナナミは「えーーー!」と遠慮のない声を上げる。 「たすけてくれたって、この人たち何もの?」 「つか、助けてくれたってどの時点で」 「えっと、話せば長くなるんだけど……」 「話し出すのは街を出てからにしてくれ」 彼女達の質問にジョウイが困った様な顔をすれば、その言葉を遮ったのは青マント……いや、青いマントをつけた男だ。 美形ではあるが、兎にも角にもその青いマントが目をひくため、ケイとナナミの抱いた第一印象も『青マントの人』となってしまった。
「まだ姿は見えないが、時間の問題だろう」 「と云うよりも、出口がふさがれてないか。そっちの方が問題だ」 ジョウイは慣れた様子で男達と会話しているので、本当に敵ではないのかもしれないが。 それを確認するよりも早く、二人は一旦確認の為に街の方へと向かったので カイとジョウイも武器を手に取るとまだどこか訝しそうにしているケイ達を促し、彼等の後を追った。 街の中は暗くなり始めており お陰で外をうろうろしている人間が殆ど居ないので、処刑場から囚人が逃げ出したと言うのに混乱している様子は全くない。 その隙に。と言わんばかりに、彼等は駆け出した。 街中の裏道を全て把握していると言っても過言ではないケイが先頭を切って、見事誰にも会わずに進んでいく。 正門は既に塞がれただろうと思った事もあり、北の方にある出口も兵士達が走っていくのが途中で見えたので 6人が目指したのは西の出入り口だった。 カイ達の家に一番近く、西外れにあるため街の人間は殆ど利用しないそこなら、追っ手が回ったとしても一番最後だと考えたのだ。 その予感は見事に的中。兵士どころか犬猫一匹居ないので、しんと静まり返っている。 普段からこんな調子ではあるが、それが物悲しく感じるのは自分達の置かれた状況からだろうか。
その時彼女が不意に足を止めてしまったのは、仕方ない事なのかもしれない。
足を止めた姉にいち早く気付いたカイが振り返れば、ナナミは街を見ていた顔をゆっくりとそちらへ向け ほんの少し曇った、そんな顔で笑う。 「ね、カイ。ジョウイ……ケイも」 カイの横に居たジョウイは勿論、先を歩いていたケイも、男二人もなんだと言う様に振り返る。 「何やってんの、ナナミ。早く行くよ」 「うん、分ってる。けど……ねぇ」 精一杯元気にしようとしているが、それが隠れてしまうくらい不安そうな声でナナミが 「私たち、もう1度ここに……もどってこられる、かな?」 そう、言った。 自分の育った街だ。大切なものも色々あるだろう、それを全て置いて行こうとしているのだ。しかも『逃げる』と云う形で。 その事が分ったから、男達も顔を見合わせるだけで口を挟もうとはしなかった。 こういう事は、機会を逃してしまうと言えないし、聞けなくなる事も彼等の経験上分ってはいるから。
「戻る気なんてない」 カイが言おうとした言葉が、それよりも強く出されたケイの言葉によって掻き消された。
「戻る気なんてない。こんな街に」 突き放す様にそれだけ言うと、ケイは前を向きなおしてさっさと歩き出してしまったから、ジョウイは慌てて彼女を追いかけ カイは戸惑いながら姉と妹を交互に見るだけ。 「……そっか……」 小さく呟いたナナミの声は、そのまま消えてしまいそうなほど頼りない声だったが すぐにいつもの様な笑顔を見せて。
「さ。行こう、カイ!」 と歩き出した。
カイも少しだけ俯くと、空気を入れ替える様に顔上げて、先を行く三人と一緒に歩くため
05/05/20 |