「……ったく。また、そんなもん買いやがって」

「そんなもんとは何だ、そんなもんとは!!」

「そんなもんはそんなもんだろ。酒にばっかり金使って」

「良い酒なんだぞ。それが特売してたんだ、買わなきゃ損だろ?」

「何が良い酒だ、味なんて分らないガブ飲みのくせに。大体何本買ったんだ、何本!」

「10本中8本買った!」

「ボケ!!!!」


目の前で繰り広げられる、自分達の隊長と副隊長の低レベルな言い争いに

現在はミューズに属している傭兵の2人は、小さく溜息を零した。





落ち星





ガチャガチャと良い音が響く大きな袋を提げているのは

傭兵隊で隊長をしている、熊の様な外見に中身も伴った剛気なビクトール。

その隣で、彼の無茶な金使いに頭を抱え、折角の整った顔に不機嫌を貼り付けているのは

青いマントとバンダナがトレードマークとも言える、副隊長のフリックだ。


今日は、休戦協定が結ばれてから初めての丘上会議が行われた為

ミューズが擁する傭兵隊の隊長と副隊長も部下2人を連れて会議に出席し、今はその帰りなのだが……。

本当なら夕刻前にはミューズを出ており、馬を走らせ、夜過ぎには川を越えた先にある村で宿を取っている筈だった。

だがしかし

折角ミューズに来たのだから。と言い出したビクトールの買い物に、予想以上に時間をとられて今は夜中。


しかも川を越えていない。


ミューズで一泊していこうと言う隊長に副隊長が一喝し、渋々帰途に着いている、と云った処だ。

今夜は見事“月のない夜”であまりにも暗く、迂闊に馬を走らせる事が出来ないのもフリックを苛々させる原因になっていた。

平和になれば要らなくなる職業、それが傭兵である。

その為、休戦協定が結ばれて以来、傭兵隊には色々と不安も広がっていた。

取敢えずでも、存続がミューズ市長から言い渡されたので

早く報せてやりたいと云うフリックと、存続が決ったのだから慌てる必要はないと云うビクトール。

ものの見事に対照的な2人だが、お陰で傭兵隊の砦が上手く廻っていると言えない事もない。


だからと言って

「お前、また他人の給料使い込んだりしてないだろうな」

「おまっ! 人聞きの悪い事言うな、人の給料まで使うかよ! しかも”また”!? ジョーダンじゃねぇ!!」

「冗談じゃないのはこっちだ! 前の給料が出た時も、がさがさと酒買い込んで……」

「あれは頼まれてたからだろ! 頼まれてた分を頼んできた奴の金から出して何が悪い!!」

未だ続く言い争いを聞かされていると、流石に情けなくなってくる部下2名。

しかし、突っ込んでみた所で2人の勢いが止る訳もなく。

むしろ、酷くなって巻き込まれたりする可能性が有る事は、傭兵隊では周知の事実。

なので当然の様に傍観体勢で、2人の後ろを溜息付きつつ歩くだけである。




「だからお前は!!!」

どういう会話の流れになったのか、部下2名には分らなかったが

突然今迄以上の声をフリックが張り上げたと思たら、そこから二の句を告がずに押し黙ったから

部下達も訝しそうに、何時の間にか動きを止めている隊長と副隊長に視線を向ける。

「どうしたんです、フリックさん」

「何か有りましたか?」

「いや、俺は……」

どうやら、フリックが自分で声を止めた訳ではないらしい。見れば、ビクトールが何やら真剣な表情で前を睨んでいる。

「おい。どうした」

「………………」

「ビクトール」

「……いや。今、何か声が聞えた気がしたんだが」

「声?」

よくあれだけ喚き合っていて別の声等が聞こえるものだと、半ば呆れにも近い尊敬で部下二名は彼を見るが

どうやら冗談ではないらしく、前方に注がれる視線は一向に弱まる事がない。

「……川だ」

闇に紛れていた為今の今迄気が付かなかったが、自分達が越えるべき川がすぐ目の前にあった。

気付けば、最近の雨で水嵩を増した川の流れがハッキリと耳に届いてくる。

「聞き間違えじゃないのか?」

フリックがそう言ってしまうのも仕方はなかった。

橋はもう少し上流に行った方か下流に行った方に有り、橋の近辺には村もあるがこの付近には何もない。

しかも、こんな時間だ。普通ならば、人が居る筈もない。

「……だったら良いんだが」

「止めてくれ。お前のそういう“勘”は、ろくなもんを連れてこない」

「悪かったな」

肩を竦めて大袈裟に溜息を付くフリックに、ビクトールはようやく川から視線を外すと苦々し気に彼を睨んでみせる。

そんな視線を受けながらも、曖昧な笑みを浮べて馬を歩ませたフリックは

続いて馬を歩かせようとした部下の動きを、1秒も立たない内に止めてしまった。

「当りだビクトール!」

「やっぱりか……」

「溜息ついてる場合か! 川に人が居る!!」

馬から、まさに飛び降りると、川に真っ直ぐ走って行くフリックにビクトールも馬から下りると

「絶対に割るなよ!」

手綱ごと、酒瓶の大量に入った重い袋を部下に押し付けて後を追う




雲が空を覆い隠し、星も、月さえも見えない夜だ。

街からも遠く離れ、周りに人家はなく、飲み込まれそうな闇が埋め尽くすこの場所に

光る様な物と云えば、ビクトール達が持っているランタンの、足元をようやく照らし出す程度の明りくらい。

それでも


キラリ。


キラリと、何かが確かに輝いて。

彼等の目に

ビクトールとフリックの目に映ったのだ。




岸辺から3mは離れた川の中頃にある岩場に向けて、精一杯持っている明りを伸ばすが

あまりにも濃い闇は途中で光りを食い尽くし、そこまでハッキリと見せてはくれない。

「一人……か」

「わかんねぇ。とにかく行くわ」

「流れたら湖で待っててやるよ」

「ほざけっ!」

実際そこまで行ってしまいそうな川の勢いであり、冗談で済まなくなる可能性もあるのだが

それでもそんな軽口を叩けてしまう事が、2人が互いを信頼し相棒としている証なのだろう。



「つめてっ!!」

季節はまだ春を迎える前。

いくらこの辺りが温暖な気候だと言っても、水遊びを楽しむには早過ぎる。

川に入ったビクトールは、流されない様に足場を確かめながら一歩づつ着実に進んでいるが

早く片を付けないと、足先の感覚が失われて流れに飲まれる危険性がある。

多少危険でもここはいっそ泳いだ方が早いのではないか、と泳ぎのモーションを取ろうとするが

「止めろ馬鹿! 一緒に流れるつもりか!?」

素早いフリックのツッコミに、仕方なく少しづつでも歩いて進む事にした。

成人男性として、確実に大柄な部類になるビクトールの胸程まである水嵩は

前後左右問わず勢いよく襲い掛かり、気を抜けばその流れに引込もうとする。

しかもその冷たさは、すでに彼の手先からも熱を奪い始めており

いつから居るかは分らないが、自分より長くこの流れに身を沈めている事は確実な、岩場に居る人影に不安が募る。

「……くっそ! 人の目の前で死ぬんじゃねぇぞ!!」

バランスを崩す事を覚悟して、思い切りよく足と手を前に出した。

身を打つ流水に、足が取られそうになったその瞬間。確かに、ビクトールの手は何かを掴んだ。

それは岩ではない、人の体らしい柔らかさで。

そして


この冷たさの中に有って、有り得る筈のない温かさ。



その温かさが、僅かだが確実に彼の体に力を起した。

「っおらぁ!!!」

人を掴んだ手を軸にして岩場になんとか体を寄せると、空いた手を岩場につき力任せにその人を引き上げた。




「あ゛ーーーーーーー!!!」

「な! なんだ!?」

「2人居た! 流れた!!」

「おいーーーーーーー!!!!」

2人居た事で絶妙なバランスを保って岩場に引っ掛かっていたのが

その内の1人を無理矢理引き上げた物だから見事に崩れて流れてしまったのだ。

「フリック頼む!!!」

「分ってる!!!」

何時の間にか雲を割った月が闇を薄くしていた為、離れた岸辺からでも川を流れていく人影がハッキリと見えていたので

フリックはビクトールに言われるまでもなく人影を追い走り出していた。

川沿いに駆ける彼は決して足が遅い訳ではないのだが、川を流れる方が何倍も早いので追いかけるのがやっとの様だ。




「隊長ー! 隊長は大丈夫ですかー!!」

岸からかかる部下の声に、ビクトールも立っているのでやっとの状態のまま、引き上げた人を肩に担いだ。

顔まではハッキリと確認出来なかったが、触った感じは少年と云った処か。

視界に入る少年の腰の辺りには、彼が見た事のない武器を携えていた。

そしてその体が、完全に気を失うほど水の中に居た筈なのに、温もりは失われておらず

それは彼を安心させるのに充分で。

「こっちは大丈夫だーー。大丈夫だけどーー……」

「けどー?」

「これ以上歩けねーー」

「「えぇーーーーっ!!」」

「あっはっはっは」

「笑い事じゃないですよーーー!!!」

肩に人を乗せたものだから、中途半端に固定した足を動かすにはバランスを取るのも歩くのにも少々力が足りず

ミイラ取りがミイラになりかねない状況に、不謹慎ながらも笑ってしまう。

しかし不謹慎も何も、彼自身が危ないと言うのにそれなのだ。

部下2名が岸辺であたふたと、なんとかしようとしている努力が非常に涙ぐましい。

「ビクトールさん! 今から縄を渡しますから、掴まって下さいね!!」

「おーーテキトーにがんばらーー」

「てきとうじゃなくて、全力で頑張って下さい!!」

怒鳴る部下は、毎度フリックの肩を持つ奴だったかと、どこかぼんやりと思いながら空を見上げた。

その行動自体に意味はなく、無意識な所作である。

しかし、その視界には

「おー……キレイに晴れたなぁ」

完全に雲が去り、空には月だけではなく星が瞬いていた。


煌煌と輝く幾つもの星。


その中の二つが

ビクトールの視界の中心に居た二つの星が、不意に強く煌いたかと思うと

一つは更に輝きを強くし


もう一つは……




「あ、落ちた」

「え?! 何が落ちたんですか??! 人ですか!?」

思わず上げた声に、部下の1人が大きく反応。まさか聞えていると思わなかったビクトールの方が驚いてしまう。

「違う違う。星だ、星が落ちたんだ」

「星?」

片手は少年を支え、もう片手は自分の体を支えている為、手で指し示す事が出来ないので顎で空を指すと

部下2名も倣って空を見上げた。

「星って、落ちるんでしたっけ? 流れ星とか、言いません?」

「あん? 流れるのも落ちるのも一緒だろうが」

「違いますよ」

「そっかー?」




空から落ちた星はどこへ行くのか。


空から落ちた星は何になるのか。




「マズイ……寒くなってきた」

「ちょ! も、もうちょっと頑張って下さい!」

「ダメかも……」

「わ゛ーー隊長しっかりして下さいーー!!」
「わ゛ーーフリックさんに怒られるーー!!」




空を駆ける星は、今、あるべき場所へと。


その、温もりの中へと。





04/08/05