| 地下には、倉庫に鍛冶屋。傭兵達の寝床に、牢屋があり 朝晩に寝起きする傭兵達で少しざわつく程度の至って静かな場所なのだが、現在は少し不穏な空気を孕んでざわついていた。
開け放たれた牢屋の扉。鍵の部分にはスプーンが曲がって引っ掛かっており、上手く細工して開けたと云う処か。 本当に状況を把握してるのかと疑いたくなる様な、どこか楽しそうな声でそんな事を言うビクトールに フリックはいつもの如く、周りに部下となる傭兵達がいる事も厭わず
「お前が暢気な事を言ってるからだ!!!」 怒鳴ってみるも怒鳴り返され、すっかり引いている傭兵隊長の姿。 いつもならそれがからかいの対象になったりするのだが、今はそれ処ではなく 昨日までは、砦内で明るい声と笑顔を振り撒いていた少年の、寝起きしていた元……ではなく現在も牢屋なのだが。 その前に大半の傭兵達が押しかけて、皆一様に心配や不安と云った顔で中を覗き込んでいた。 牢屋の中の敷き詰められた毛布を捲った一角、床の上に書かれた汚い字は ビクトールとフリックが到着する前にポールによって解読され、どうやら『ごめんなさい』と書いてある事が分かっている。
フリックの隣に立つポールは半泣き状態で、開け放たれた扉を固く握って俯いたまま。 ポールは確かに、誰の目から見ても明らかな程にカイを可愛がっていて 事情を知らない人から見れば、顔は似ていないが仲睦まじい兄弟だと思っただろう。 勿論彼も、四六時中面倒をみて親切にしてくれるポールに随分と懐いており それ故に、カイが牢を破ってまで逃げ出した事が、ポールは元より傭兵達にも信じられなかった。 「気にするな、ポール。お前の所為じゃないさ」 「けど! 俺が目を離したから……それに、あいつ等の武器だってそこに置きっぱなしにしてて……」 「それは間違いなくビクトールの所為だから、本当に気にするな」 実際、牢屋の直傍にカイとその友人の武器を放ったらかしにしておいたのは、ビクトールである。 片付ける場所がないからと云っても、もう少しやりようがありそうなものだが……。
「あ゛ーー、えっと、それじゃあどうすっかなーー」 ビクトールがバツの悪そうな声を上げれば 「俺、あいつらを追いかけます!!」 即座にポールがそんな声を上げた。 「あいつ等が向かったのは、故郷だって言ってたキャロしかないと思うんです。カイは、お姉さんと妹が居るって言ってたから 一気に捲くし立てられる言葉に、驚くのは傭兵達。 キャロと言う街はハイランド領で、ポール達傭兵はハイランドと敵対している都市同盟の盟主ミューズ市に雇われている。 ようするに、ポールにとってキャロに向かうという事は、敵地に乗り込むという事だ。 しかし少年達はその故郷で余計な事を知ってしまい、国から命を狙われる立場にあるのだから。 助けてやりたいと思うポールの気持ちは、傭兵達にも分からない訳ではない。 「お願いします、ボス!
俺に、ハイランドに……キャロに行く事を許してください!! 土下座しそうな勢いで頭を下げる姿に、下げられてるビクトールは参ったな。と口の中で呟いて、ちらりと相棒へ視線を投げる。 しかしその目は、実際に参ってる訳でも困っている訳でもなく、明らかに何かを決めてしまっている事が伺えるので 視線を投げられたフリックは酷くうんざりした調子で溜息をついてから、少し真面目な顔を作った。 「残念だが、ポール。お前にそんな事はさせられない」 「そんな! フリックさん、俺、必ず無事に助けてみせますから!!!」 「だーめーだ。お前はここに居ろ」 「ボス!!!」 「それは俺がやってくるからな」 悪戯を成功させた時の子どもの様に、にっと笑うビクトールに 必死で訴えていたポールに、事の成り行きをハラハラと見守っていた傭兵達は、何を言ったのかと呆気にとられるばかり。 唯一彼の言った事を理解しているフリックは、ただただ溜息。
「そんな馬鹿な!!! と云うか無茶な!!!」 「傭兵隊の隊長が敵地に乗り込んだらどうなると思ってるんです!!!」 「そうッスよ!!! 上に知られたら説教だけじゃ済まないッスよ!?」 「そもそも捕まったらどうするつもりですか!!!」 「いくら休戦協定があるっつっても、安全なわけじゃないんですよ!!!」 我に返った傭兵達が口々に喚く中、ビクトールは分かっている様な顔でうんうんと頷き
と、笑い止めの一言。
「「「「「問題何も解決してねぇ!!!!!!!!」」」」」
結局、傭兵隊の隊長と副隊長が揃って敵地に乗り込むと云う大問題は、何の解決策も作戦もないままに決行され ビクトールとフリックは現在、燕北の峠に居た。 その日、カイから聞いた事等の報告の為ミューズに向かう筈だった傭兵隊長なので 代理を立てるだの書状を書くだので、どたばたしている内に二人が砦から出て一日が経ってしまい。 もう国境は越えているだろうと結論付け峠に馬を飛ばしてみれば 国境兵が妖しい旅芸人達を通したと言った為、彼等に有無を言わせず馬を預けて登山中である。 大凡半分くらい来ている筈だが、昼前に峠に入ったと云うのに太陽は既に暮れてしまい そのまま進むのは足場の悪い峠では危険な為、ある程度開けた場所に出られたので、そこで野宿と云う運びになったのだが。 「そもそも本当に居たのか? その“霧の化け物”ってのは……」 フリックが火を起こしていると、あまりにも呑気なビクトールの声。 霧の化け物の話は、峠に近い村であるリューベだけでなく、ミューズや傭兵隊の砦でも噂されており フリックも勿論、話だけは聞いて知っている。信じてはいないが。 「居た居た。見たし」 「……ほぅ……どうしてミューズの傭兵であるお前が、国境を越えた所に居る化け物を見れるんだろうなぁ?」 「……まぁ、ちょっとした好奇心っつーか?」 「好奇心で国境越えるな!!!!」 「もう良いじゃねえかよ。バレなかったんだし」 「そういう問題じゃない! バレてたら大事だっ!!」 「つーか、お前も今同じ事してるって分かってるか?」 戦う者が国境を越えると云うのは、一般人が誤って越えてしまうよりも遥かに問題で そんな状況に、不本意ながら身を置いてしまっている事も、フリックの小言を加速させる原因になっている。 「……分ってるに決ってるだろう」 「じゃあ、ぶちぶち言うなよ」 「はぁ……」 思わず零した溜息は、疲れか諦めか。
日が昇りきる前に目が覚めてしまった二人は、妙な胸騒ぎもあって早々に峠を下り、昼過ぎにはキャロの街に、大事なく到着した。 綺麗な小川が中を走る緑に囲まれたキャロはハイランド王国最南にある街で、王家の別荘などもある静かな所だ。 なのにビクトールとフリックが辿り着いたそこは、明らかに危うい雰囲気に包まれていた。 「なんだ……随分にぎやかだな」 「賑やか? これは、賑やかって言うよりも……」 南にある正門らしき大きな門から街に入った二人は、すぐにその雰囲気に気が付いた。 いや、気が付いたと言うよりも、聞えたのだ。 門を抜けた先は大きな通りが南北に走っており、北の方に更に大きな通りがあるのだろうか。 耳を澄まさなくとも、沢山の人々の声がそちらの方から聞えてくる。 「やかましい、か。でも、人が騒いでるって事には変わりないだろう。まぎれ込むには好都合だ」 「まぁな」 木を隠すには森の中。人を隠すには、やはり人の中。 彼等の見た処、声のした方に向かっていく人達もちらほらと見えたので、まずは街の偵察という事で 旅人を装う……必要もないが、一応何か聞かれた時の口裏だけ合わせて、そちらへと向かった。
馬車が行き違いになれる程度の広さがあるその道は、中央を開けて人に埋め尽くされている。 雑音の塊だった声は、近付くに連れて輪郭をハッキリとさせ 「ようやくスパイが捕まったんですって」 「アトレイドのお坊ちゃんがねぇ……そそのかされたのかねぇ」 「西外れの、あの家の子だ」 「いつかやると思ったんだ。所詮同盟の人間なんだよ、あいつらは」 「ちくしょう……俺の子どもが……」 ビクトールとフリックの耳に、そんな言葉達が届いてきた。 そのどれもが彼等にはあまり馴染みのない物なのだが、砦でカイから聞いた事と合わせれば大凡の推測は出来る。 見慣れない旅人が傍に居る事にも気付かない程、お喋りに夢中になっている街の者達を二人は一瞥すると 顔を見合わせ、『少しばかり情報を集めておくか』と視線だけで意思を交し、会話をしていた一団へと歩み寄った。
突然そんな声をかけられ、話をしていた者達は驚いた様に二人を見る。 「な、なんだあんたら?」 「俺達は旅の者だが。街中の人間がここに集まってるみたいだから、気になってな」 「そうそう。で、何があった?」 手にした荷物や腰に下げた剣など。二人の見た目は完全に旅人であるし、様子が堂々としているので誰も疑う事無く この街で、天山の峠で起こった出来事を、そしてこれから起こる事を、細かく話してくれた。
しかも少年兵の中に都市同盟と密通している者が居て、その少年達が先程ようやく捕まり もうすぐこの道を通って、処刑場へと引っ立てられるのだと言う。
辛い事を話してくれて有難う、すまなかった。と言うと、一団から離れた。 通りの声は充分聞える、一本外れた道には誰も居らず。本当に、街中の人間が大通りに集まっているのではないかと思いながら ビクトールは、道に並んだ樽の一つに腰を下ろす。 「カイが本当に都市同盟のスパイだったら、俺は坊主にでもなろうかと思う」 「なれ。カイがスパイじゃなくても」 こんな状況でまで軽口を叩くビクトールに、相棒は完全に呆れているようだ。冗談すらまともに取り合ってくれない。 さらりと流され仕方ないと言わんばかりに頭をガリガリと掻けば、フリックは腕を組んで壁に凭れ溜息を一つ零した。 「街中が、騙されてるって事か……」 もし本当にカイ達が都市同盟のスパイなら、自分達もミューズから謀られた事になるのだ。そこは信じるわけにもいかないだろう。 尤もあの少年がそんな事をやってしまう人物だとは、到底思えないわけで……。 そうなると、二人に聞かされた事が事実だという事になり。 「ま。どっちにしろ俺達がやらなきゃならんのは、カイ達を連れ戻すって事だ。それ以上でも以下でもねぇ」 混乱しそうになったフリックの思考を、ビクトールの言葉がいとも簡単に叩き斬った。 確かに、彼らがここにきた目的はそれなのだ。 「……お前は、本当にシンプルだな」 「どれが真実かなんて。今考え込んでも、らちなんぞあかんだろ」 「それもそうだが……」 ここから先は別の問題だし、政治介入するつもりなど一切ない。と言うか、そんな立場でもない。 それでも知ったからには。と思ったフリックなのだが、情報が少な過ぎて いくら考えたって今の自分達に出来る事というのは、やはりそれしかないのだから。 「いつだって、信じるものは己のみ。ってな」 口の端を上げて少年の様に笑うビクトールに、フリックは盛大に溜息をつくと、仕方ないと言う様に笑った。
いや、それはもう声ではない。怒号だ。 ビクトールは立ち上がり、すでに歩き出しているフリックの後を追ってみれば 大通りは、大変な状況になっていた。 ぱらぱらとある人の隙間からなんとか伺うと、通りの中央を一人の兵士が先頭を歩き その後ろを並んで歩かされる二人が救出すべき少年達の手は、確り縄で囚われ後ろの兵士達が握っている。 そして、通りを埋める人達全て……いや、全てではないかも知れないが。こう声が大きくては錯覚してしまうだろう。 自分の育った街の人達が皆、自分に向かって罵声を浴びせ掛けるのだ。 こんな所を歩くなんて、二人にとっては地獄に違いない。 「趣味の悪い……」 「むしろ、こうしないと軍の面目が保てないんじゃないか」 気分悪そうに呟いたフリックに、やけに冷静なビクトールの声が聞こえて 更に眉間に皺を寄せて横を見れば、どうやら冷静なのは声だけだったらしく。嫌なものでも見るように顰めた顔があった。 二人は一応、街の者達と距離を取ってはいるが、この状態ならすぐ傍に居て話していても、誰も気が付かないかもしれない。 中年の女性が金切り声で、「私の子どもを返して!」と叫び 若い男が大声で、「この売国奴が!!」と怒鳴った。 他にも老若男女様々な者達が、様々な言葉でカイとジョウイを罵っている。 街の者達は、二人がスパイとして働いたために少年兵の部隊が壊滅していると思っているのだ。 大切な者を奪われ、そんな事を言いたくなるのも、心情的にはよく分る。 それでも
多少とは言え彼等が知るカイの人と形は、こんな罵声を浴びせられる人間では決してなかったのだから。 ビクトールも視線を外すと、街路樹に凭れて息をついている相棒に歩み寄り 「どうするよ」 同じ様に近くの壁に凭れながら、短く切り出す。 「そうだな……」 「とりあえず、追いかけてから考えるか」 「……そうだな。処刑場がどこにあるか、分らないし」 聞いていて気持ちの良い言葉ではないのだ、出来ればビクトールだってここから立ち去りたいのが本音で 声もなく頷き合うと、罵声で溢れる大通りから離れて兵士達が向かう方向へと歩き出した。
街の外れにある、木で出来た高い柵がぐるりと囲ったそこは、明らかに普通の場所ではないと主張している。 出入り口は確りとした門構えで、閉じてしまうと破って入るのは困難そうだが、見張りに立っている兵士に開けさせれば問題ない。 と作戦にもならない作戦を立てた頃には、もう太陽が山へと隠れようとしていた。 散々喚いていた者達も、この近くまでは来ないらしく…… もしかしたら民間人は近付いてはいけないと云う決まりでもあるのかもしれない。二人にとっては好都合だ。
「本当にそれで行くのか……?」 「何か他にあるのか?」 木々の茂みで身を潜めながら、処刑場の入り口を確かめる。見張りの兵士は二人。ビクトールとフリックなら余裕だろう。 「……失敗したらお前の所為だからな」 「そういうなら考えろよなー」 失敗はしないだろうと思っているから言える事でもあるのだが、フリックのそんな言葉にビクトールは眉間に皺を寄せて見せる。 しかしこれくらいのやり取りは日常茶飯事で、フリックもいつも通り肩を竦めるだけで 「ほら、行くぞ」 青いマントを少し翻して歩き出したから、ビクトールもぶつぶつと文句は言いながら彼の後を追って茂みを出た。
突然そんな事を言って目の前に立ちはだかったビクトールに、見張りの兵士二人は目を丸くした。 熊の様に図体のでかい彼だ、圧迫感もあるだろう。フリックも小さくはないのだが、若干隠れがちだ。 「な、何者だお前達。ここは立ち入り禁止だ、立ち去れ!」 兵士の内の一人が驚いたまま上げた声に、もう一人の兵士もガクガクと頷くが 二人は少しだけ顔を見合わせて 「何者だ、だってよ」 「何者だ、か」 落ち着ききった様子で、明らかに兵士を馬鹿にした会話。 当然これに怒ったプライドだけは高い王国兵は、腰に差した剣を抜いて構えた。 「お前等、王国軍を馬鹿にする気か!」 「何者だ!!」 剣を抜かれても尚、彼等の態度は変わりはしない。むしろ、ビクトールは可笑しそうに笑っているくらいだ。 何が可笑しいのか。兵士は聞きたいところだろうが 笑っているというのに酷い威圧を感じ、剣を構えるだけでも精一杯で口を開けられるわけもなく。 「何者……そうだな」 ビクトールは、後ろで相棒が剣を抜いたらしい音を聞きながら自分も鞘から剣を抜くと ニヤリと口元に笑みを浮かべて、兵士へと切っ先を向けた。
05/02/19 |