見事に澄み通った綺麗な青空の中。


昼を過ぎた太陽は人を温かく包み込んで輝き

どこまでも広がる緑は夏の活気を思い出させる。




あまりに穏やかで、美しい


そんな世界に、シーナは堪らなく泣きたくなった。





解放軍も日々勢力を増し、竜洞騎士団も仲間に引き込む事に成功した現在。

始めは3000にも満たなかった仲間が万を越え、リーダーであるセイの仕事と云うのも格段に増えたのだが

有能な仲間達のサポートもあって、その日は久し振りの休日になった彼を、付き合えと無理矢理外に引き摺り出し

お騒がせテレポート娘に頼んで、やって来たのはアンテイの街。

西方で一番大きなこの街は、色々な店もあるし時折旅芸人なども訪れている事がある。

尤も戦争中の今は、そんな人物が居る訳もないのだが。

それでも、沢山の店は見ているだけでも楽しめるだろうと、働き詰めで疲れているだろうセイを気遣って連れて来たのだった。


いや、疲れているだけではないのは、シーナもよく分っている。



セイと初めて出逢ったのは、シーナの父であるレパントが解放軍に入って間も無くの事だった。

強制的に解放軍入りをさせられた上に、自分と同じ年くらいにしか見えない彼がリーダーだと言うのに驚いたが

解放軍の総司令だと云うのに、色々突飛な部分もあるにはあるが予想に反して普通だった事にも随分驚いたのだ。

凛然としていれば立派に成人している様にも見えるが、笑えば年相応の少年にしか見えなくて。

その為にセイと出会って一年も経つが、彼を解放軍のリーダーだと思って接した事など皆無で。むしろ友人としか思っていない。



そんな彼が


出逢ってから随分変わってしまった事を、シーナはとても気にしていた。

楽しそうにしていた笑顔は、いつからか仮面の様に冷たくなって

今では会話すら、上手く噛み合わない事がある。


心が死んでしまった。


そう表現するしかないくらい今のセイは、どれだけ笑っていても話をしていても、抜け殻の様にしか感じられなかった。

しかし、それも仕方のない事なのかもしれないと、心の何処かで思う部分もあるのだ。

幼い頃から一緒だった育ての親とも言うべき人物が死に

帝国軍人である父と戦ってその手で葬り、つい最近は親友すらも亡くしたのだと言う。

悲しくない筈はないのに。それでもセイがリーダーとして立ち続けている事を、シーナは間近で見ていたのだから。


リーダーとして在る姿に。

そうしなければ立っていられなかいのかもしれない、その強さに。


酷い悲しみを感じながらも、見ている事しか出来なかった自分が堪らなく嫌だった。


だから少しでも、本当に少しでも

リーダーと云うポジションを降りてただの少年として笑えたら


そうすればまた、会った頃の様に彼が笑う様になるんじゃないかと。

そうなって欲しいと云う自分の願いと、今まで何も出来なかったと云う贖いの気持ちを込めて。


連れ出したその街で、起こってしまった最悪の事件。



西方を治めていたミルイヒも解放軍に入り、完全に解放した筈の西方の町で

まさか帝国軍の兵士が現れるとは、流石に予想が出来る筈もない。

どうやら敗走兵らしい彼等はアンテイに密かに潜伏し、解放軍が、セイが訪れる機会を狙っていたらしく。

二人が街に入って幾分も経たず目の前に現れたかと思うと、周りに市民が居る事も気にせず武器を抜いて襲い掛かってきた。

焦ったのはシーナだ。

それなりに剣の腕も魔法の才能も持っているので、たかだが5人の帝国軍の敗走兵に負ける気もないが

街中で市民を傷付けずに戦うとなると難しい。

しかもセイの気分転換の為に遊びに来たと云うのに、解放軍のリーダーの命を狙って戦いを吹っ掛けられては迷惑も良い処。

どうしようかとセイの方を咄嗟に見てみれば、横に歩いていた筈の彼の姿はなく

慌てて見回せば、自分達の歩いてきた方。ようするに街の出口へと向かって、走り出しているではないか。

逃げるのだろうと思って追いかければ、兵士達も当然追いかけてくる。

セイは本気で走れば直ぐに姿が見えなくなってしまうくらい早いのだが、自分を待ってくれているのか。

その時はやけに遅くて、シーナは意外と直ぐに追いつく事が出来た。

兵士達は鎧等を着てる所為か動きは更に遅く、差は広がる事も縮む事も無く、街を抜けてそのまま緑広がる外へ出ると。

街からそれなりに離れたその時に、足を急に止めたセイの


『離れてろ。近くに居ると、殺すよ』


そんな言葉に、驚いて動きが止まったシーナだったが

言葉の意味を確認するよりも先に、彼は近付いてくる兵士達の方に身体を転換して彼等の元へと飛び込んでいった。




走りながら抜いた剣で、右から振り下ろされた刃を跳ね上げ

正面から来た兵士へ向けて、そのまま剣を突き立てた。鎧と兜をつけている兵士の、顔へと。

一瞬で真っ赤に染まる見知らぬ顔。

噴出した血を浴びながらも、左と右から斬りかかって来る兵士に焦る事は無く。

顔に突き立てた剣を勢い良く右へと薙ぎ払いながら、その骸を左へと飛ばせば

剣の切っ先が放物線を描くのと対照的に、真っ直ぐ地に落ちた二本の腕。

欠けた剣を捨てると、その腕が握っていた剣を拾い

後ろから襲い掛かろうとしていた兵士の槍を紙一重で躱して、思い切り腹に刃を捻じ込んだ。

背中から突き出した刃は一瞬で顔を引っ込め、身体は地面へと倒れる。

同僚の骸を払った兵士が剣を突き出してくるが、遊んでいるかの様に楽々とそれを避けながら繰り出したのは一線。

骨で一旦動きが止まったが、無理矢理動かせば体も剣も二つになった。

そんな武器のない瞬間を狙って襲ってきた兵士は、足を蹴られバランスを崩した一瞬で首が空を飛んで。




シーナの居る所から暫し離れたそこの音は、あまり明確には聞えない。

ただ、吐き気を覚えるような光景を目にしているのにも拘らず


戦うセイの姿が、真っ赤な衣装を着て優雅に舞を踊っているかの様で。

鮮やかな緑の上に転がる骸が、その為の舞台の様で。


言葉も無く、魅入っていた。

その時我に返れたのは、あまりにも悲痛な声が聞こえたからだろう。



「た、助けてくれぇええええ!!!!」

そう叫んだのは、両腕を無くした兵士だ。

痙攣を起こして動いている者は居るが、生きている者は、生きられる者はもう残っていない。

自分以外、仲間が全員死んだ。その事に、腕を無くした事も忘れて彼は叫ぶ。

戦う意思がないのだ。これ以上セイも剣を振るう事はないだろうと、近付いたシーナの目に飛び込んだのは


その兵士の脳天に、躊躇する事無く剣を振り下ろした姿。


息を飲んだ。


被っていた兜が無残に形を変えて、噴水の様に血が噴出す。




言い表すとするなら、それは悪夢だ。

地獄であってはならない。地獄はもっと酷い場所が良い。セイを悪鬼にはしたくない。


そんな事を思いながら、崩れ落ちていく身体をシーナは茫然と見ていた。

その間にもセイは、折れてしまった剣を捨てると、折れてない剣とその鞘を拾い、鞘を自分の腰に刺しながら

動かない兵士達の身体を、さらに刻み始めたのだから。

「っ!! 何やってんだよ!!!」

流石にこれには、呆っと見ていられる訳もなく。

大きく叫ぶと、血で濡れた服の上から肩を思い切り掴んで

こちらを無理矢理振り向かせれば、血が自分の顔や服にも飛んできたが

それよりも

振り向いたその顔が、何故だか全く知らない人の様に感じて、一瞬言葉を失ってしまった。


真っ黒の髪を見事に染めた赤は、顔に幾つもの筋を作って流れ

背中だけ見ればそれ程ではなかった服も、正面は真っ赤だ。裾からは赤い雫が滴り落ちている。

そして何より驚くべきは、そんな姿をしていると云うのに彼は

いつもと変わらない顔で笑っていたのだから。

「どうして怒ってるんだ?」

どちらかと云えば少し苦笑い気味の、そんな笑顔と言葉。

「な……おま、どうしてって……」

向けられる言葉は、子どもの様に純粋に。本当に、ただただ不思議であると云う口調で。



シーナは、初めてセイを怖いと思った。


自分が何をやったのか、今どんな状態なのか。彼は本当に、分っていない。

一分程の間に5人の人間を殺し、あまつさえその死体を刻んでいた。それが、悪い事だなんて分っていない。


そんな訳はないのに。



「……だ、って……ほら、あれだ。もう、死んでるんだし。死人冒涜するなって!」

戦争に出た時もこれほどの血の匂いを嗅いだ事はないと云うくらい、酷い血の匂いで吐きそうになるのを抑えながら

必死で取り繕った表情と言葉は、確実に凍り付いていただろうに。

セイはそんな事など気付いていないのか、それともどうでもいいのか。

苦笑いのまま少しだけ首を傾げて、握っていた剣を何度か上下に振って血を飛ばすと、ようやく鞘に収めた。

「でも、足りないんだ」

「何が?!」

限界が近付いているのだろう、殆ど怒鳴る様な形でそう言えば

セイは血でべったりと顔に張り付く髪を少し払って、笑う。


「闇が」


血だと言われたら、泣けたかもしれないのに。

出てきた言葉は、シーナの予想を遥かに上回っていた。




「シーナは知ってる? 創世記」

創世記とは、27の真の紋章とこの世界の創生に関する物語だ。

この世界では一番有名だろうそれを、文字を読めない者なら兎も角

読み書きも達者で意外と読書好きなシーナが知らない筈もないが。

先の見えない言葉に頷く事も出来ないまま、静かに彼を見ているだけ。

「最初に在った闇が涙を流して、涙から剣と盾が生まれて、その戦いの果てに……この世界は生まれた」

それでもセイは、そんなシーナを気にする事無く言葉を続ける。

「それじゃあ闇は、何から生まれたんだと思う?」

出逢った頃から彼の言葉は突飛だったが、今ほど分からないと思った事もない。

どんな言葉を聞いても、その姿を見ていても、何も分らないのだから。


「僕は人間だと思うんだ」


その笑顔は、今まで見てきたセイの表情の中でも、とびきり綺麗な笑顔だった。

天才的な美術家が作った、完璧な白磁の彫刻の様に。


「人間の身体には、闇が詰まってる。それを放てば、この世界は再び闇に戻るんだ。そこが始りなんだよ」

「……んな、バカ……みたいな事……」

搾り出した声は、最後まで言えずに途切れてしまう。

「この世界を終わらせないと……新しい世界が、生まれる事が出来ないだろう。だから、もっと必要なんだ
 闇が」







何処までも青く澄み切った空の下。

雄大な緑によく映える赤を纏って微笑むセイの、足元には臓物や脳漿を散らす死屍。

太陽は何も変らず自分達を温かく照らし続ける。



あまりにも柔らかで、綺麗過ぎるこの世界に

シーナは小さな子どもの様に声を上げて


泣き出してしまいたかった。