| 「カーゲー」 地面に寝転がったまま、視線だけは確実に某の隠れる場所へと向けられている。 目の前をウロウロされると邪魔だ。と言われ、いつも姿と気配を消しているが こう適確に場所を当てられると、隠れている意味があるのだろうか……いや。自分に忍びとしての腕がないのか、とすら思える。
呼ばれたら直に返事をするのも、提示された条件の一つ。 尤も、それは仕える者としては当然である。故に某も、まずは言葉だけで。 そうすれば 「ちょっと見てよーコレー」 何かしら言葉が返ってくるので、その言葉に応じて姿を現すかどうかが決定される。 今回はどうやら、“姿を見せろ”との事らしい。 体を起し胡座を掻いた主殿の傍に素早く片膝をついて座すと、その様子には一切驚く事なく袋を突き出してきた。 これは確か、主殿が金銭と一緒に道具類も入れている皮袋だ。 「何でしょうか?」 「見て、空っぽなんだ」 そう云うなり袋を逆さにして豪快に振るから、薬や封印球等の道具が大量に落ちた。 その全てが魔物共から拾得した物で、時折町に出てはそれらを売っている様子。 しかし、空っぽと言うのはどう言う事か。 「某には、中身が入っていた様に思いますが……?」 確かに今は中身は全て地面の上で、袋の中は空っぽだが。 「あぁ、中身は入ってたね。だけど、僕の求める処の物は入ってないんだ」 「求める処の物……ですか」 「他には、“先立つもの”なんて言い方をする」 「金銭ですか」 「正解」 地面に散らばった中身を、いつもの笑顔……主殿にとっては無表情、で選り分けている。 魔物から手に入れた、幾つもの封印球に薬。すり抜けの札や、装備品が色々。 トラン湖上にある解放軍本拠地を恐怖に陥れていた呪風呂の元である、六体の呪い人形に落書きが2枚。 先日訪れた町で珍しく買われたのは、帝国……今はトラン共和国だったな。そこでは見なかった魔法札。 嵩張る物が随分と詰っているのに、主殿はそれらを普通に持ち歩いている。 それだけでも只者ではない感が十二分に漂っているだろう。
それ以降魔物を倒しては、あれだけの道具が溜まったのだ。ならば金銭も相当溜まっている筈なのに、ないと言うのは……。 「やっぱり面倒でも、逃げる時は走った方が良いかな〜」 道具を地面に散らばらせたまま、再び寝転がってしまう。 主殿はその端整な見た目に適わず、とても無頓着で怠惰な御方だ。 「お金、すぐになくなっちゃうもんな〜……」 魔物との戦闘に、某は一切に手を出さないのだが……。 そもそも、八方を囲まれていようと御一人で片付けてしまえるくらいだ。手を出すだけ邪魔になってしまうと云うもの。 しかし、我が主は怠惰なのだ。 魔物と戦うのが面倒だからと、度々金銭を魔物にばら撒いている。 しかもその金額と言うのは、中々馬鹿にならないもので。路銀が底を突くのも、当然と言えるだろう。 「某の懐から用立てましょうか?」 「んー……」 路銀は自分で稼げと仰ったので、自分の蓄えは別に有るため 降りかかる火の粉は全て払う様にしている事もあり、それ程必要としない某には余っている。 未だ分らない処ばかりだが、この御方は自分が金銭以外で忠義を立てた初めての そして恐らく最後の、我が主。 その御方の為ならば、それくらいはして当然。主殿も受けてくれるだろう。 と、思っていたら
出身が高貴だと云うのに金銭には煩い御方で、貰える物は貰う主義だと言っておられたのに……。 何か気に障る事でもしたのだろうか。と少々不安になってしまう。 「お気に為さらなくとも、某には使い道のない物故」 「んー……でもさ、カゲは一応僕の部下だろ。いや、家来? 臣下? 従者?」 「どの様にでも」 「あぁそう。でもまぁ、どの言葉に嵌めても間違ってない関係な訳で」 「その通りで御座居ます」 「部下の金を巻き上げる訳にはいかないだろう」 金銭に煩いというのは、きっちりしていると云う事にも繋がるという事を失念していた。 無頓着で横柄ではあるが、それが主殿の中である程度格付けをされた者には律義になる。 その格の基準はよく分らないが、どうやら某はそれなりに扱われているらしい。 トラン湖上の城で、ちんちろりんで生計を立てていたガスパーと云う者からはそれはもう、遠慮なく巻き上げていたというのに。 旅を始めた頃に比べれば、主殿と某の関係も随分と進歩したのか……。 その事が少しばかり嬉しくて心の中では安堵の息をついたが、そう言い切られたならば自分が口を出す謂れなど、ある訳もない。 「彼方様が、それで宜しいのでしたら……」 「うん、それでいい。自分が稼いだお金は、自分で使いなよ」 「分りました」 「あーーでも、次の生活費どうするかなーー」 主殿が寝転がったまま伸ばした腕が、散らかしたままだった封印球に当り転がって 周りをささやかに明るくしている焚火の方へと入ってしまった。 しかし、火の中でも淡く輝くそれ。 「……封印球って燃えないんだな」 「某も初めて知りました」 「へー。カゲでも知らない事があるんだ」 「まだまだ未熟故」 「あははははは! 大丈夫だってーカゲは。あの青いのに比べればぜんっぜん、熟してるから」 青いのとは……解放軍の時、主殿とよく一緒に居た青年の事だろう。確か、フリックと云った筈だ。
「何でしょう?」 他人が見ても先程との表情の差は分らないかもしれないが、戦争時代から御方の傍に居る某には明確に分る。 何かを企んでいる時の……そんな嬉しそうな顔をして起き上がった主殿は、焚火の中に入っている封印球を 迷う事なく手を入れて取った。
その間色々奇怪な行動を見てきたが、流石にこの行動には驚いてしまった。
「え? あぁ、平気平気。たかが一瞬だし、手袋してるし……あ、これ、火の封印球だ〜」 何が楽しいのかよくは分らないが。その封印球を袋に戻すと、他の封印球も確かめながら袋に仕舞っていく。 「あ、あったあった。じゃーーん!」 嬉々として目の前に差し出された物は、風と水の封印球。 その意図が読めない故大人しく見ていると、笑顔満面と称して良い主殿は、ある程度焚火と距離を取ってから とても……本当にとても楽しそうに、風の封印球を焚火の中に放り込んだ。
多少離れたとは云え、轟々と燃え上がる火柱は直前であると云うのに、我が主は笑いながら拍手をしている。 忍びとは、常に冷静沈着でいる事が当然だと教えられその様に生きてきたが この御方と一緒に居るととてもではないがそんな教えは守っていられない。 言葉など出よう筈もない……。 「キレイな火柱だなー……なぁ、カゲ」 「……えぇ……」 それでも忠誠心から、自分に掛けられた声にはなんとか答えてみせた。 が、主殿は大して気にもしていない様で。視線も、燃え上がる炎に向かったまま。 暫くそうしていたが、僅かに風が出てきた。 大きな火は風に乗って左右に揺れ、木々に燃え移りそうだ。今でも、燃え移っていない事が不思議なくらいだと云うのに 少しばかり窺ってみれば、主殿は火を真っ直ぐに見つめているだけで……。 だがその目は、確かに炎ではない何かを見据えていて。
某は御方のこの目に、自分が仕えるべき証を見たのだ。 御方が何を考え、この様な行動をしたのかは分らない。むしろ取られた行動の中で、自分が理解出来た事等両手で余るくらいだ。
それでも、某は御方に付いて生きたいと願った。
本当に、どれくらいそうしていたのかは分らないが 主殿はもう一つの封印球を火柱の中に放り込むと、入れられた封印球は中に有った封印球を押し出し その結果、先程まで轟々と燃え上がっていた炎が嘘の様に消えてしまった。
此方を向いた主殿と目が合った。
笑んだ瞳は、暗く。
某が分る事など、察する事も出来ない程の深い闇を抱えていると云う事くらいで。 その闇を知ろうとする事すら驕りなのだと、そう言っている様にも見える。
この身が朽ちる、その時までも。
「……カゲはズルいなぁ……」 「そうでしょうか」 「そうですとも」 どこか嬉しそうに見える笑顔を浮べる主殿に、こちらも僅かながら笑んでみれば もっと満足そうに笑い、腰を上げると転がったままの封印球を拾って袋に詰めた。
地に散乱させたままの道具類を袋に詰め込みながら、時折此方を見ながら 「北……と云うと、ハルモニアでしょうか」 「行き過ぎ。えっと、ほら、なんだっけ、ハイ、ハイー…………あーもう、度忘れした!」 「……ハイランド、ですか」 「それだ! そのハイラン洞に」 ……少し言葉のニュアンスが違った気もするが。聞き間違いの多い主殿の事、これくらいは些細な範囲だ。 「しかしハイランドは現在、小規模ではある様ですが都市同盟と国境付近で諍いが絶えないと」 「知ってる。だから行くんじゃないか」 あれだけあった荷物を袋に纏め、はっきりと此方を振り返り笑う。 その笑顔も言葉の意味も、いまいち分りかね反応出来ず。ふと、頭を過ぎったのは……
解放軍時代。何時だったのだろう、時節は覚えていないが。妙に覚束ない足取りで帰ってきた時 ふらふらとベッドにうつ伏せに倒れ込み、そのまま寝てしまうのかと思ったら、突然自分を呼んでその話をした。 その時は、何故その様な事を話されたのかは分らなかったが…… その後、主殿はその日親友を失ったのだと、カスミと云うくノ一から聞いた。
その際は決して傍に近寄らせてはくれず、気配を感じようものなら、普段の姿からは全く想像出来ない激しさで怒鳴り散らす。 それが、紋章の意思に抗っている時。 酷い時は三日三晩も続き、手袋には血染みが出来る程にもがいていると云うのに そんな御方が、他の魂を取りに行こうというのか。 小さいとは云え諍いが起こっているのならば死人も出ているだろう。 死する必要のない者を殺さず、他の魂を喰らう事の出来る場所だ。 合理的な主殿からすればそれは良い事なのかもしれないし、御方がそれで楽になると云うのならば某としては一向に構わない。 しかし、それは本当に御方の……
行詰っていた思考が、その言葉で引き戻された。 にっと音がしそうな、少年らしい笑みを浮べている。 「僕は戦う事以外、した事がないから。一度何か、仕事ってものをしてみたかったんだ」 「……仕事、ですか」 「そう。お金を稼ぐなら仕事をするのが普通だろ?」 「そうですね」 「だからハイラン洞に行って、それぞれ仕事を見付けよう!」 「……其々?」 「そう! カゲも自分の仕事を見付けるんだ」 「某は彼方様の傍に在る事が……」 「僕が仕事をしてる間はカゲも仕事をやってろ」 満面の笑顔は、拒否を拒否している。
「よし!!」 主殿は楽しそうに強く頷くと、道具がどっさり入った袋を枕に しようとして諦め、自分の腕を枕に地面に転がった。 「じゃあ、明日からはハイラン洞を目指して歩こう。どれくらいで着くか分るか?」 「ここからでしたら、全日程歩きでも一ヶ月はかからないと思います」 「そっか、分った。それじゃあ、適当に歩いていこう」 「御意」 「じゃ、お休みー」 「お休みなさいませ」 傍で座している某に気にする事なく、目を瞑ると直に寝入ってしまう。いつもながら寝付きの良い御方だ。 それを確認すると、某は後方にある木々の中へと姿を消した。
現在は小さな諍い程度で済んでいる様だが、一ヶ月後にはどうなっているのか分らない。 治まってしまうか、もっと大きくなっているか。
某は忍び以外出来ない故見付けるにも苦労しそうだが、見付からなければその場で見限られかねない。 それだけはどうあっても避けなければならない。
04/08/28 |