オレは真っ暗な夢を見る。




暗い暗い、ただひたすら真っ黒な夢。


でも目を開けても、暗いのに変わりは無いから

オレは夢の続きを見ようと、目を閉じる。


実際は目を閉じてるだけで眠ってないし、真っ黒なだけで続きなんて




無いんだけど。





ムゲンに響く青と君の声





もう、どれくらいここに居るんだろう。

外が見えず、常に薄暗いこの中は、時の流れを計るものが一切無い。

それも当たり前。だってこの船の中は、時が止まっているんだから。

腹は減らないし、眠くなる事もない、年だってとらない。

だって、時が止まってるから。


少しだけ目を開けてみれば、明らかに異形な、自らを船長とか名乗るあいつの姿が見える。

船長の頭上には、赤い紋章が……

前まではオレの右手の甲にあったそれが、同じ光を放ちながら輝いていた。

この世の起こりからあると言われる真の紋章。その一つである、生と死を司る紋章だ。

宿主に近しい者の魂を喰らう、魂喰い(ソウルイーター)の名を持つ紋章。

オレの生まれた村の人間全ての魂を喰らい、その後もオレの立ち寄った様々な村や町で魂を掠め取った。

何年も何十年も、そんな事を繰り返しながら、オレはただ彷徨い歩いた。

疲れた。

ソウルイーターを守れって、あの魔女に渡すなって、じいさんにこの紋章を渡された時そう言われたけど

でも、疲れたんだ。

何処へ行っても気の休まる時がなくて、びくびく怯えて辺りを気にしながら逃げ回らなきゃらならない

そんな生き方はもう嫌なんだ。

なんでオレだけ、こんな思いをしながら生き続けなくちゃいけないんだ。

他人の命を奪うような紋章つけて、隠れて生きなきゃいけないんだ。


ずっとそうやってたけど、やっぱり紋章は奪われてさ。

あの魔女の手下だ。隙を突かれて奪われて、取り返す事は出来たけど……

オレは随分ぼろぼろになって、生きていくのも面倒になって

そんな時に、この船と会った。

朝だったか昼だったかは覚えてないけど、ぼんやりと霧に紛れるようにこの船は現れたんだ。

声の無い声に誘われるまま船に乗り込めば、今まで見てきたどのモンスターよりも化け物らしい船長が

こんな事を言ったんだ。


『呪われし紋章を持つ者よ。我と行けば、苦しみからは解放される』


その言葉に嘘は無くて。

確かにオレは、今までの旅では絶対に得られない安らぎを得た。

真っ暗で時の流れないこの船は、外からは全く近づけないからだ。

船長が誰かをこの船に招き入れる時だけ、入り口が開いて出入り出来るようになる。

お陰でオレは、逃げたり隠れたりする必要はなくって。

でも


何かを感じる事も無く、時間の流れを感じる事も無く


生ぬるい今を、生き続けている。



その日……

いや、いつから1日が始るかも分からないここじゃ、日なんて言い方は可笑しいな。その時だ。

船長が突然声をあげた。

「連れて来い」

どうやら船は止まっていたらしい。

本当に何も感じないんだ、この船は。止まっているか動いているか、それすらも分からない。

でも連れて来いって事は、どうやらオレと同じ様な奴を見つけたんだろう。


その身に真の紋章を宿してしまった、哀れむべき異形を。



起きるのも面倒だったけど、この船の中では船長に全ての主導権があるから……まぁ、船長ってくらいだしな。

そもそも、逆らっても仕方ない事だし

オレはのろのろと体を起こして、だぶだぶのローブの裾を踏まないように歩き出した。

このローブはオレのものじゃない。この船に乗り込んだ時に、見つけたものだ。

ベッドなんて物がないから、寝転がる時下に敷くと丁度良いし、フードを目深に被れば、目を閉じなくても何も見えなくなるから

都合が良くて、今ではずっと着たままだ。

途中で松明を手にとり、火をつける。オレは慣れてるけど、外から入ってくる奴には足場さえ見えないだろうからな。

可笑しな形した出入り口から外に出ると

この船がある所為か。辺りが霧に包まれているんだけど、久し振りの外の光はオレの目にキツく突き刺さって。

だからと言って目を閉じるわけにも行かず、フードをさらに深くしてから横にある船へと板を渡してやる。

何人かが胡乱気にオレを見ているけど、その中でふと目を引いた一人の人間。


あいつだ。


茶色い髪に赤い鉢巻なんて巻いて、上下黒い服を着た、なんだかぼんやりした目をしたあいつ。

でも、あの左手からは闇の匂いがする。

どんな性質の紋章かは分らないけど、持っているんだろう。真の紋章を。


呪われた紋章を。




「こちらへ……船長のところへ、ご案内します」

渡した板の上に立ち、そう言えば

そのぼやっとした目の奴と、随分ラフな格好をしたおっさんに、目つきの鋭い女がついて来た。

どうやらこの辺りは暑いらしい。南の方なのかな……この船の中は、暑さ寒さも分らないからな。

本当に何も、何も感じないんだ。この中は。


こいつらを連れて船の中に戻ると、あまりの奇妙さにおっさんと女の人は周りを見回しているけど

あいつだけは、わき目も振らずオレの後ろを真っ直ぐに着いてくる。

好奇心がないんだろうか。オレも初めてこの船に入った時は、あんまりな奇妙さにきょろきょろ見回したもんだけどな。

静かな静かな、船の中。

決して燃え尽きる事のない松明が、パチパチと燃える音。

様々な衣擦れの音と、4人分の足音。

そして、オレのローブの上から掛かった鎖がジャラジャラと、動く度に音を鳴らす。

奇妙な音ばかりだ。


少しだけ、背後を見てみた。

おっさんと女の人も船の中に興味が尽きたらしく、何も言わずにオレの後を付いてくる。あいつは元々無言だし。

静かだな。珍しく、こんなに人が船の中にいるってのに。

何故だかオレの方が苦しくて


「あなたの……」

不意に口をついて出てきた

「真の紋章の呪い……『なぜ自分だけ?』と云う気になりませんか……?」

こんな言葉。


足を止めて振り向いて、あいつの方を見る。

おっさんと女の人も足を止めて、静かにオレとあいつを見ているだけで、何も言わない。

で、見られてるあいつはと言えば

オレの方を見て、口元に手を当ててじっと黙ったまま。

何を言おうか考えてるんだろうか。それにしても、あんまりじっと無言で見てられるとなんか居辛いんだけど。

オレのそんな気分が伝わったんだろうか。いや、顔色すらも見え難いここじゃ、そんな訳ないだろうけどさ。

あいつは、オレからゆっくりと視線を外し虚空を暫く眺めてから、同じ速度でゆっくりと足元を見る。

そして視線を戻すと、一回縦に首を振ると次は二回ほど横に首を振って、もう一度頷いた。


全然分りませんから!


オレそんな、首振っただけで答えられる様な質問したっけ?

でもあいつはそれで満足したらしく、すたすたとオレを置いて歩き出したから。おっさん達も歩き出すしさ。

案内人、オレの筈なのに。

仕方ないので、オレも歩き出す。あいつの前に出るように、歩幅を大きくして。

横に並んだ時あいつは、自分より背の低いオレを覗き込むようにして見て、少しだけ笑った。

いや、表情は変わってなかったと思う。でも、笑ったような気がしたんだ。


笑われたような気がした。



堪らなくなった。むしょうに腹が立った。

そして、口をついて出た言葉はこれ。


「紋章の所為で……失ったものも多いでしょう……」


嫌味だ。オレは悪意を持って、この言葉を吐き出した。

おっさん達はその事に気付いたらしく、眉を顰めてオレの事を見る。

こいつの紋章がどんな性質であれ、真の紋章だ。ろくなもんじゃないのは分ってる。

おっさん達がこんな顔をするって事は、結構酷いもんなんだろう。なら、これが正常な反応だと思う。

なのに、こいつは……


さっきと同じ様に、足を止めて口に手を当てたまま斜め前に立つオレをじっと見つめ、それから。

さっきと違ったのは、視線を背後へと。おっさん達の方へと、向けた処か。

見られた方は、初めは何か分らなかった様な顔をしていたのに、暫くすると何か分ったように

おっさんはニッと笑い、無表情だった女の人も僅かにだけど微笑みってのかな、浮かべて

それからあいつは一度頷き、視線をオレに向けて首を横に3回ほど振った。


失っただけじゃないって、そう言ってるのか?


何故だか、ひどく泣きたくなった。


こいつは居るんだ。例え、その手に呪われたものが在っても、力になってくれる仲間が。そう、言ってるんだ。

オレにはない、そんなものは。

だから……。



急に腕を引かれ驚いて、知らない内に俯いてた顔を上げれば

あいつが、オレの腕をぐいぐい引っ張って、先に進もうとしていた。

本気で、何したいのか分からないんだけどな。オレは、引かれるままに歩き出す。

案内人……オレ、なんだけどなぁ……。

まぁ、船長の居る所まで一本道だし。誰が歩いたって、迷うわけないから良いけどさ。

完璧にあいつが先頭を歩いてる。オレの左手を引っ張りながら。

ぼんやりした顔してるからか、その手もぼんやりと温い気がして

久し振りに感じた温もりがこれってのに、やたらと笑えた。






永い永い廊下を進んで、ぶち当たるのは船長の待つそこ。

案内してきた筈のオレより先に、招いた筈の人間が顔を出したからか。

船長も、どこ見てんのか分らない顔で……いや、そもそもアレが本当に顔かも怪しいもんだけどさ。

つーか魔法で作ってんなら、もっとまともな姿にすりゃー良いのにと、前から思ってたんだ。まぁ、どうでもいい事なんだけど。

兎も角、船長はオレ達を見下ろし、声ともつかないあの声で

「我は百万の世界を渡る者。そしてこの世界の行方を、彼方より見守る者。なれば、我と共に行くか否か?」

オレにも言った、同じ言葉をこいつにも言う。

「こいつ……何を言ってる……?」

おっさんの反応が、至って普通だと思う。

急に“我と共に行くか?”とか聞かれて、頷ける方が可笑しい。

そうだ、あの時のオレの精神状態は、まさしく異常だったんだと思う。



「呪われし紋章を持つ者よ。我と行けば、苦しみからは解放される」



苦しみ。

オレから全てを奪う、呪われた紋章。



「哀れむべきこの世界と決別せよ。時の支配の及ばぬこの船で、我と行くのだ……」



この船の中には、苦しみも悲しみもない。

でも苦しみや悲しみだけじゃない。楽しさも温かさも。

仲間も。

この船の中にはない。

何もないんだ、ここには。


生も死も。



「シリィ……分っておろう。運命に抗わぬ事だ。我の迎えを無駄にするでない」



運命。


オレがこの船に出会う事、乗る事は運命だったのか?

だったら、こいつらと出会う事も運命だったのか?



「この世界もいずれ終わる…………さぁ」



この世界が終わる事も、あの灰色の世界も。

それは、運命だって言うのか?



静かに、シリィと呼ばれたあいつが、一歩前に出た。

おっさんと女の人も、どこか心配そうな顔をして、あいつの背中を見ている。

オレは、未だに腕を掴まれたまま。やっぱり、おっさん達と同じ様にあいつの背中を見ている。

何を言うつもりだ。


と云うか、こいつ喋れんのか?


いや、喋らなくても。頷くのか、横に振るのか。

お前は……



シリィ、お前はどうする?





「彼を、返して下さい」



酷く、静かな声が響いた。

おっさんの声ではない。かと言って、女の人の声でもない。と云う事は……?

「彼を返して下さい」

もう一度、ハッキリと聞えた。

静かなのに、やけに存在感のある強い声。

「シリィ……」

驚いたようなおっさんの声に、オレはもっと驚いた。


喋れたんじゃーーーん!!!!


いや、今突っ込むべき点はそこか? 違うよな? そうだ内容だ!

「返せって、お前! 何言ってるんだよ、オレは……」

驚きで言葉が思いっきり素になってるけど、誰も気にしちゃいない。今はあいつの発言の方が問題だ。

掴まれてた腕を思い切り引き戻せば、引っ張られるままにオレの方を向き、そして

オレの言葉に何事か考えていた時の様に、じっと目を見てくる。

この船の中はこんなにも暗いのに、その目は随分と前に見た海の様に青くて


「……オレは……ここを、出る」


自分でも驚くような言葉が出た。

「……今、なんと。テッドよ」

自分でも驚いてるんだ、船長が驚くのも無理はない。

でも、自分で言った言葉の責任くらいはとれるさ。

「いい機会だからな。ここを出る」

ジャラっと鎖が、脱いだローブと一緒に落ちて音を立てた。

手から落ちた松明は、火をつけた時と変わらぬ長さで燃えつづけているけど、オレはもうゴメンだ。

だってあいつの、あの海みたいに青い目が言ってたんだ。

諦める気か? って。

そんな事言われて、引き下がるなんて悔しいじゃないか。

「オレも、自分の運命に立ち向かってみたくなったんだ」

久し振り……いや、初めてかもしれない。こんな気持ちは。

今なら、闘える気がする。


誰かとじゃない。


「だから、その紋章を返してくれるか。その呪われた紋章……」

逃げて、避けて、否定しつづけていたその存在。


「ソウルイーターを!」

オレ自身の弱さと!





「愚かな……拾われた恩も忘れるとは。しかし……紋章は渡さぬ
 渡すわけにゆかぬ!!!」


オレの言葉に、船長は腕なんだかなんなんだか分らない、多分右手だと思われる片手を掲げ

声のない、それでも圧力のある声で、大きく叫びを上げる。


その手から、黒い光が噴出した。


「……っ!!!」

「加勢するぞ!!」

強過ぎるソウルイーターの力に、吹き飛ばされそうになりながら

長く使っていなかった弓と矢を構えたオレの後ろから、おっさんのそんな声が聞えて驚いて振り向けば

おっさんも女の人も、自分の武器を構えてオレを見て頷いたから……。


オレの戦いだってのに。

あんた達は逃げれば良いのに。


でも、それでも。

嬉しくて、堪らなく力強さを感じてるオレは、卑怯かもしれない、けど。

横に視線をやればあいつが、シリィが、腰に差していた二本の剣を手に同じ様にオレを見て


笑った。



今度こそ、本当に笑ったんだ。

やっぱり表情はそんなに変わってなかったけど、笑っているって分った。

そしてその笑顔は

嘲笑っている訳じゃなくて、苦笑いって訳でもなくて


嬉しいって、言ってる気がしたんだ。



変な奴。

変な奴変な奴変な奴!!

喋れるくせに喋らないし、喋ったと思ったら訳分らない事言うし

船長をなんとか倒して、オレがソウルイーターを回収した後、船が崩れ始めて……

まぁ、魔法で姿を作ってる様な船長の船だからな。船も魔法で作ってても、可笑しくはない。

当然皆慌てるさ。おっさん達も、オレも慌てた。なのにあいつは

1人表情も変えず、部屋の奥を見据えていたかと思うと

「出るぞ!!」って叫んで走りだしたおっさん達とは別方向、部屋の奥へとオレの腕を引っ掴んで走って行くし。

ガッチリ掴まれた右腕は振り解く事も出来ず……なんかもう、成すがままだったって話もあるんだけどさ。

あの時、部屋の奥へと引っ張られ、遠くなっていくおっさん達のなんだか諦めた様な生ぬるい笑顔が、オレには忘れられない。

どうやらその部屋の奥に宝箱が有ったらしい。なんで、オレまで連れて行かれなきゃならなかったのかは分らないんだけど……。

こんな薄暗い部屋に居て距離も結構離れてたってのに、よく見つけられたなと言うべきか。

しかも足はとんでもなく速いから。オレは凄い勢いで引き摺られてるだけで、直に先に外に向かってたおっさん達と合流して


外に飛び出したんだ。



今度はローブがないから、薄い霧に阻まれても尚強い光が、オレの目を焼こうとする。

しかも暑い、凄く。オレの着てる服って、なんて場違いなんだろう。

汗が噴出す。かなり不愉快だ。


けど、これが外だ。


生きてる世界だ。


オレの時間は再び流れ始めたんだ。




いや、実際には紋章を取り返したから不老のままだけど。

でも汗はかくし腹は減るし太陽は昇る。


これが、オレの生きる世界だ。



掴まれてない左手をぐんと空へと伸ばす。

と、その反動で渡していた板が跳ねて、水面に落下。

まだ板に乗ったままだったオレも当然の如く海に落ちていくけど、右腕はずっと掴まれたままだから。

掴んでるあいつは自分達の船の方にもう乗っていて、オレが海へと引き摺られそうになるのを船の縁でぐっと堪えてくれた。


かと思いきや、それは一瞬で


堪える事を止めてくれた為に確実に落ちていこうとしていたオレ達を、あいつの仲間達が必死で助けに来てくれて

あわや2人揃って海の藻屑になる処を、なんとか助かる事が出来た……。

「シリィ……頼むから、そんなにあっさり諦めないでくれ……」

おそらく精神からくるものだと思われる疲労で、肩を上下させながらおっさんが座り込んで溜息をつく。

「もう少し踏ん張れ」

少し眉間に皺を寄せた女の人がそう言えば、本当に分ってるのかと問い掛けたくなる調子であいつが頭を縦に振った。



「すまない、助かった」

取り合えずあいつは無視しておっさん達の方を見て言うも、オレの横でちゃっかり首を横に振ってるし……。

「お前に言ったんじゃない!」

と云えば、カクカクと頷く。

絶対に分ってない……しかも、なんでだかまだ腕は掴まれたままだし。

「はぁ……ん? よく見てみりゃ、お前、まだガキじゃないか」

「ガキじゃない! こう見えてもオレは……」

ようやく腰を上げたおっさんが、オレを訝しそうに見ながらそんな事を言うから

オレも思わず条件反射で、立ち上がってふと気付く。そりゃ、もう100年以上生きてるけど、見た目は子どもなんだよな……。

「いや……オレには、テッドって云う名前がある」

突然大人しくなったオレに、おっさんは肩を竦めると少しだけ笑って

「そりゃ、悪かった
 しかし、何か訳有りみたいだが……良かったら、俺達と行かないか?」

まだ座り込んだままの奴を見てから、もう一度笑う。女の人も少し視線をやった後、オレを見て頷く。

いい奴等だと思う、だから


巻き込みたくないんだ。

この手にソウルイーターが戻ってきた今、人からは離れていた方が良いんだから……。




「どこか陸に着いたら降ろしてくれ。それまでは大人しくしてる。……それで良いだろ
 と云うか、いい加減に手を放してくれ」

見上げてくる視線を少し強めに見下ろしながら言ってみるけど、ガッチリと握られた手は何故だか一向に放してもらえない。

振ってみる。

ぶらぶらとあいつの手も揺れてるけど、放す気配一切無し。

思いっきり振ってみる。

あいつの身体ごと一緒に揺れてるけど、やっぱり放してもらえない。

「放せってば!!」

「あっははははは!!!」

おっさんに爆笑された。なんでだよ!

下を見れば、あいつも笑ってる。今度はなんとなくなんて笑顔じゃなくて、ハッキリと。

「な、なんなんだよ!」

「やー、お前さん。どうやらシリィに気に入られちまったみたいだなぁ」

「はぁ?!」

「仲間になるって言うまで、手ぇ放してもらえないぜ?」

「はーーーー!?」

可笑しそうに笑いっぱなしのおっさんに、何時の間にか女の人は居なくなってるけど、他の奴等が集まってきてて

でもオレはそんな事を気にしてる余裕もなくて、もう一度あいつの方に視線を向ければ

あいつはおっさんの方を見て、首を横に振っている。

「違うのか? ん、なんだ。あぁ、友達か」

カクカクと首を縦に振っている。

「友達になってほしいんだと」

首振ってるだけで、なんで会話が成立するんだ……!!

100年以上生きてきたけど、こんなに不可思議な人間を見たのは初めてだ。

ガックリと膝から崩れ落ちたオレに、あいつがぽんぽんと肩を叩いて笑顔を一つ。


だーかーーらーーー!!


分らないんだよ!!! と、オレが力説したところで、こいつは分ってないくせに頷いたりするだけなのだろう。

「分った、分ったよ……あんた達には借りが出来たから。その借りだけは、返してやるっ!」

ぎっと睨みながら、“だけ”を強調しながら言ってみたけど

「じゃ、決まりだ。しばらく力を貸してくれ」

おっさんはそう言った後、良かった良かったなんて言いながらすたすた歩いていくし……こいつも人の話聞いてないな。

あいつはやっぱり、横で笑ったまま……


「これからよろしく、テッド」


って。


「もっと他に言う事あるだろうがーーーー!!!!」





嬉しそうに笑うシリィの頭に、力一杯振り下ろした左手の音は


霧の消えた青い海の上、遥か遠くの国まで届きそうなほど良い音だった。





05/01/06