| キラキラと
シークの谷は、赤月帝国内でも最果てに位置する竜洞より、更に西に向かった所にある。 竜洞自体が赤月帝国でも自治権を得ており、一般人が用意に近付ける場所ではない為 リーダーであるセイを始め、訪れた解放軍のメンバー全員、この谷に訪れるのは初めてだった。 案内役であるミリアも上空から見下ろした事こそあるが、降り立つのは初めてで 目の前に広がる幻想的な風景に、着いたは良いが息を飲むばかりだ。
きっと我関せずだったのだろうセイが、さっさと歩き出した為に皆もようやく先に進む事になった。 行けども行けども、眩く光る水晶が続く道。 水晶と云うのは鉱物である事くらい知ってはいるが、それでも、群生してると思ってしまう程にどこもかしこも水晶尽くし。 この場所に来たのは月下草を採ってくると云う大切な仕事の為なのだが、フリックの気持ちもどこか観光気分だ。 案内するミリアの隣をセイが歩き、その後ろを歩きながら辺りをキョロキョロ。 仕事以外にも、色々と気を配らなければならない処はあるのだが、それでも微妙に観光気分。 良くも悪くも、真っ直ぐな青年だと言えよう。 彼方此方を見回していたフリックの視界に、一緒に来たメンバーの姿が入った。 ハンフリーは相変わらずの無表情で、それでも少しばかり辺りを見ている。 クレオも辺りを見てはいるが、それでもセイから視線を大幅に外す事はない。 彼女がセイを気にしている理由は、フリックも一応知っている。
否、本当はもっと前からなのだろう。自分は最近、シーナに言われて気が付いたと云うだけで。 セイの様子が可笑しいのだと、彼は言った。 何が可笑しいのかフリックにはよく分からないのだが、確かに出会ったばかりの頃と比べたら落ち着きが出ているとは思う。 尤も出会った頃と云うのは、セイがビクトールに訳も分らず解放軍の旧アジトに連れて来られた頃の事だ。 再会した時は自分の方がかなり混乱していたので、それからの変化はよく分らない。 なので、リーダーとしての自覚があって落ち着いている。そういう風にしかフリックは思えないのだが。 セイと親しくしているシーナは可笑しいと言い、クレオやパーンも何か危惧している風がある。 現在は一時的に解放軍から離れているビクトールも、旅立つ時、なるべくセイを気にしてくれとわざわざ自分に言い残して行った。 セイに、何らかの変化が訪れている事は確かなようなのだが、フリックにはやはりよく分からない。 再会して自分が落ち着きを取り戻した頃から、彼が感じるセイの態度は全く変わっていないのだから。 公の時には確りとしたリーダーの顔を見せながら、それなりに付き合いの深い人間にははしゃいで見せる事もある。 初めは色々あって衝突していたが、今じゃスッカリ良い仲間で、なんだかんだと絡んでくる事も多い。 落ち着きはあるも、未だ悪戯大好きやんちゃ坊主と云った感じだ。 そんなセイの、何が可笑しいのか。フリックには全く分らなかった。 唯一、彼が分るセイの変化と云えば 鉄鋼騎馬隊を率いていたテオ・マクドールとの一騎打ち以降、剣を使い始めた事くらいだろうか。 それまでは何時も、黒い2mほどある鉄の棍を使っていたのだが、今では全くその鉄棍を見る事はない。 まさか剣を使えるとは思っていなかったので、随分驚いたフリックに セイはさも当然と言わんばかりに笑顔を浮かべて 『一通り、全部使える様に教育されてきたんでね。軍人家系だから』 そう言ったのをよく覚えている。 その後ろで、クレオが妙に顔を顰めていたのも、なんとなく覚えている。
強く光る水晶の輝きが突き刺さってくる様な気がして、前を歩くセイの背中に視線を向けた。 成人しているフリックとは違い、セイはまだまだ成長期だ。身長も体格も小さいとは言わないが、自分と比べればやはり小さい。 尤も、セイの右手には真の紋章がある為これ以上の成長は求められないのだが、それはフリックの預かり知らぬところ。 そんな身体に、どんな想いを抱いて歩いているのか。 育ての親とも言うべき人間は自分を救う為に亡くなり、実の親と敵対した挙句自分の手で打ち倒す事になり
壊れてしまわない方が、可笑しいのかもしれないが。
彼は強い。自分と違って。 副リーダーの座すらまともに務められず、リーダーであるオデッサに負担をかけていた自分とは違う。 自分を卑下している部分もあるが、今では素直にセイのリーダーたる強さも尊敬しているのだ。 そう納得しているから、だから気付いていないのかもしれないと云う事には、気付かずに。
このシークの谷で煌めいている水晶は、年月が経てばどうやらモンスター化する事も発覚した後。 ようやく辿り着いた月下草の咲いたその場所で、いきなり現れたのは魔術師らしき出で立ちをした女。 その女が呼び出したのか何なのか、次に現れたのが……
フリックにとっては全く知らない少年。 しかしセイとクレオが名前を呼んだと云う事は、彼等は知っていると云う事だろう。 いや、フリックが今まで一度も見た事がない様な嬉しそうな顔をしながらセイが駆け寄ったあたり 知っている処の関係ではない事は明らかだ。 「オレだけ置いて逃げるなんて、酷い事するなぁ……まぁ、許してやるよ。オレとお前の仲だもんな」 「偉そう! お前なぁ!!」 笑っているのに不穏な空気が纏わりついた顔の、そのテッドと云う少年は 自分の腹に、軽くではあるのだろうが、嬉しそうに拳を入れてくるセイを軽く突き放すと、不思議そうな顔をした彼に 「さぁ、お前に“預けた”紋章を返してくれよ どこか暗い目で、そんな事を呟く。 それに迷う事無く頷いたセイは、クレオの静止も聞かずに右の手袋を外しそうとしたが、突如 その右手の紋章が 星の光を映す水晶のお陰で随分と明るい夜空に、その姿を浮かべた。 セイは常に右手を手袋か包帯で覆っていた為、風呂場ですらその紋章の姿を見る事はなく フリックは今初めて、その紋章を目にした事になるのだが。
目が冷める様な鮮血の赤さ。
ただひたすらに暗い。そんな中でフリックの胸中を過ぎったのは、たまらない恐怖と悲哀。 暗闇を恐れるほど子どもではないのに、その闇は 何故だか酷く恐ろしくて、寂しくて悲しくて、たまらなく泣きたくなったのだけど。 一生よりも長く感じたその闇は、実際は瞬きをするよりも短かったらしい。 直ぐに視界を元に戻すと女魔術師の、何やら慌てふためく声で我に返り、泣かなくても済んだ事に多少ほっとしていれば 距離をとる様に少しずつ後退るテッドと云う少年を、酷く困惑した顔で見ているセイが目に入った。 彼が困った顔をする事すら、相当珍しいのだが。 「ソウルイーター……オレはお前と300年もの間、一緒だった……」 それでも、俯いて後退りながら言うテッドの言葉の方が更に謎で 「お前の事はよく知っているぞ。その……呪いの意味も、その悪しき意思も」 何かを知っているらしいクレオと、この可笑しな状況を作り出した張本人であろう女魔術師は除き フリック達は、ただ茫然とその状態を傍観しているのみ。 それしか出来ないと言った方が、正しいのだが。 「お前はあの日……オレが故郷を失ったあの日だ。あの日、オレの知っている者全ての魂を盗み取った
まさかこの状況で彼女の名が出てくるだなんて、予想出来る訳がない。 しかも紋章が戦争を引き起こして、魂を盗んだとテッドは言ったのだ。 紋章が戦争を引き起こす、魂を盗む。そんな事がある筈がない。 フリックの中の、いや、誰の中の常識にもそんなものはないだろう。 だったら今、自分達の行っている戦争は、そのソウルイーターとやらによって引き起こされたとでも言うのだろうか。 「お前は、その主人の最も近しい者の魂を盗み、力を増していく!」 主人、ようするに紋章を宿している者の、近しい者の魂で力を増す。 紋章の力など、魔力によって多少の差は出るだろうが、それよりも力を増す事なんて。それが近しい者の魂で行われるなんて それは本当に紋章なのだろうか。
彼女は、セイが近くにいた為に死んだというのだろうか。
彼自身もその言葉で酷く動揺している様で、何かを言おうとしてはテッドに言葉を遮られ
手すら精一杯伸ばせずに。
ふっと、ようやく顔を上げたテッドに 竦みそうになる身体を必死で抑えていたセイは、どこか安心した表情を見せたが
「テッド!!!!」 テッドの最後の言葉と、セイの叫びが重なり。そして
人が、こんな風に死んでいくなんて。
光が消えると、ガクリと膝をついたテッドにセイが直ぐ様駆け寄った。 「そうだ……それでいい……」 「テッ……なんでっ!!」 「……自分の、自由にならない、命なら……オレは、そんなものは……いらない」 先程まで立って、話をして、叫んでいた人間が 今は、息をするのも苦しそうにセイの腕の中で、肩を上下させている。 「300年もの、間……お前が……引き伸ばしてきた、命を……返すぞ……ソウルイーター……」 その顔は蒼白で、誰がどう見ても先がないと思うだろう。 「テッド!!!!」 叫ぶセイに、クレオが口元を押えて目を背けた。 「そんな顔……するなよ……」 「嫌だ、嫌だ!! 嫌だよ!!!」 「……セイ……」 「どうしてっ! なんで、こんな事を!
なんでこんな事するんだ!! 「……ごめん……な」 「謝るくらいならするなって言ったのはテッドだろ!!!
なんでこんな事したんだよ!!!
なんでだよ!!! 子どもの様に喚く、フリックが今まで見た事のない姿。 リーダー然としている時は兎も角、グレミオが死んだ時も、自分の父をその手で葬った時も こんな風に駆け寄って、叫ぶ事すらしなかったのに。 「オレが、選んだ事だ……」 「だから何でなんだよ!!! フリック達からは背を向けているけれど、それでも分る。セイが泣いている事は。 どんどん小さくなっていくテッドの声とは逆に、その肩を抱いたセイの声は殆ど怒声だと云うのに ぼろぼろと零れ落ちる涙は、水晶の光を反射して光る。 その光景はやはり、この世のものとは思えない
目を閉じて、どこか微笑んだ表情のテッドに
「今度こそ、本当に……お別れだ……」 突きつけられた紛れもない現実に、セイはもがく様に口を動かすが、出てきた言葉は何もない。 言葉にならない訳ではない、恐怖で全てが引き攣っているのだ。 何よりも大切な存在の死を直前にして、紡ぎだせる言葉など本当はないのだと 凍りついた思考の中で、フリックは自分の考えを呪った。 自分は何も気付いていなかった。確かにセイは尊敬すべき強さを持っているかもしれないけど、やはり人間だ。 恐怖に震え、耐え難い悲しみに涙を流す事だってあるのだと。
本当に、やっとの事で搾り出したのであろう。そんな声に、身を引き裂かれる様な思いがした。 酷く小さく、それでも魂を震わせる様な声。 「……元気でな……」 「テッド……待ってよ……そんな、嘘……だろ……」 「オレの分も、生きろよ…………」 「テッド……!?」
眠る様に、ゆっくりと力の抜けていった腕。
大きな水滴がいくつもいくつも零れて。
零れた水滴が川の様に流れては地に落ちていく。
激しい想いを乗せた強い叫びは吸い込まれていく。
とでも言って、自分の頭を叩いてくれるのを待っているのかもしれない。けれど 確りと抱きしめて、縋るその胸に鼓動はなく。 そして 泣き叫んでいたセイの声も消えて、その場を支配したのは沈黙。 誰もが、彼の壮絶な悲しみを目の前にして、言葉を無くしていた。 付き合いの長いクレオですら、これほどに取り乱したセイを見た事がなかったのだろう。大き過ぎる悲しみから、顔を背けたまま。 初めて会ってまだ日の浅いミリアも、解放軍の仲間であるハンフリーとフリックも ただただ、沈黙する事しか出来ずに。
弓の様に口の端を吊り上げて
05/04/16 |