| 憶えている限りの中で一番古い記憶が、灰色の空の下で黒い人達がぞろぞろと行列を作っている。そんな光景だ。 前後も見事にないから、それがどういう意味を持つのかは全く分らないんだけど。 ただ想い出す度に、心が空っぽになる。
ここはどこだ。 やけにだるい身体を起こして辺りを見回してみれば、妙に広広として綺麗な部屋である事が分った。 僕の部屋じゃない事だけは確かだ。 こんなに無駄に広くないし、本棚の位置も違う。机もあんな場所に置いた憶えはないし、今自分の寝ているベッドもかなり大きい。 どうもこの部屋の主は、それ相応に立派な立場に居る人間らしいな。 靴を履いたままだったらしい僕は、ベッドから下りると机に向かってみた。 無駄に立派な机の上には、無駄に立派な羽根ペンと金細工が施された無駄に立派なケースが置いてあり セットになった椅子も革張りで無駄に大きく立派なもんだ。 勝手に椅子に腰掛けて引出しを開けてみれば、中には印の捺された小難しい文字の並んだ書類がある。 ざっと目を通せば、予算案だとか人員配置に異動だとか、町の名前にバツのついた物等があった。間違いなく極秘書類だろうね。 無関係な僕が勝手に見てしまったわけだけど、非はないだろう。 見知らぬ人間が入り込んでるっての云うに誰も居ないし、簡単に開けられる引出しに入ってるんだ。 そもそも、何も知らない僕が見たって意味も分らないんだし。 関係ない。
違う。僕は無関係だ。こんな部屋は知らない、僕の部屋じゃない。僕は知らない、解放軍なんて知らない。
金細工のケースが床に落ちて割れ、ゴミになった羊皮紙の上にインクが飛び散った。
凛然たる姿は何者にも勝る強さを、柔らかい微笑には優しさが満ち溢れている。その実、弱さを抱えて一人苦しんで。 儚く美しい、誰よりも愛しい人。
ガツンと云う鈍い音を発てて椅子の足は飛び、机は削れて裂いた幹の中の様な色を見せ始め。
料理が得意で洗濯が好きで、掃除になると直ぐに脱線して。小言は多いけど最後は結局、笑って許してくれる。 兄や親と云う言葉では片付けられない、家そのもの。
そこに並んだ、小難しいタイトルのついた本を出しては放り投げて、軽くなった本棚を力任せに引き倒した。
皇帝からの信頼も厚く、誰からも一目置かれる偉大な武人。大きな手は何時だって差し伸べられていて。 父であり師であり理想である、何よりも大きな存在。
白いシーツの上に散らばった、緑のマントに黒い棍と赤く光るイヤリング。それらを抱きしめて……。
妙に大人びてると思ったら、小さな子みたいに変な事に拘って怒る。最初の頃の無愛想さを思い出すと、笑えるくらい楽しくて。 この世で一番大切な、唯一無二の親友。
勢いで破れた枕からふわふわと羽根が飛び散って、灰が視界を遮った。
あ、あぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
もう誰も居ない、誰も。 僕は一人だ。 この灰色の世界に、たった一人……。
ぼうっとする視界のまま、割れた窓から空を眺めていた。
灰色の空。
在り得ない色だ。 皆の居ない、そんな世界に相応しい色じゃないか。
「は…………はは、ははは……ははははははははははははははははははははははは」 知らない内に笑いが漏れていた。
砕けた硝子がしがみ付いた窓を、手を伸ばして思い切り開けた。 下を見れば灰色の湖があり、ぽつぽつと浮いているのは多分僕が投げ落とした物だろう。 吹き込んでくる気持ちいい風に誘われるように、窓枠に腰を下ろして足を外に投げ出した。
どこまでも続く灰色の世界。
ぼんやりとしていた視界が、どんどん明確になってきた。
それが灰色の世界。
床に足を下ろすと、パラパラと細かい硝子の粉が散る窓を閉じた。 舞い散る粉さえ灰色なんだな。 どれだけ小さいものでさえも、この色が着いている。今の世界は、全て不要な物なんだ。
全てが灰色じゃないのか、この世界は。可笑しいじゃないか、そんな色があるのは。 折角クリアになった思考が、また歪んでいくのがハッキリと分る。 止めてくれ。この世界に色は必要ない……。
窓を割った時に裂けたのだと思う。手袋や服も、僕の身体から溢れるその色で黒くなっているから。
この世界が創られた時の物語。
世界を創り出す、この世で一番尊い色。
だから再び創める為に、世界は闇を産むんだ。
不要なものしかない世界じゃ、在る事すらも無駄だから。
たった一人残された僕のなすべき事は、きっとそれに違いない。その為に世界は僕を生かしているんだ。
世界を産む闇を創ろう。
05/04/20 |