ひらひらと舞う。




白い。


白い。




それは





命の降る夜





ある寒い冬の日の事。


「今年は随分冷えますね……」

綺麗な栗色の髪を束ねた女性が、外を眺めて独り言の様にぽつりと呟いた。

冷たい指先に暖かい息を吹きかけては、白く曇る窓硝子を擦っていると

「あぁ。近年稀に見る寒さだと、誰かが言っていた」

後ろから両肩に置かれた、大きな温かい両手。

何よりも優しくて愛しい声。


振り向かなくても誰だか分る。


「窓の近くにいるだけでも寒いな。身体に障る、暖炉の近くに居ろ」

そんな、どこか不安そうな声と言葉に、彼女が声の下りてきた方を見上げれば

頭一つ分ほど上にあるその顔は案の定、心配そうな顔をして自分を見ているから。

「大袈裟ですね。大丈夫ですよ、これくらい」

次期帝位継承者に絶大な信頼を寄せられ、誰もが一目を置く将軍のこんな顔、見せられたものではないなと

彼女が可笑しそうに笑えば、彼は僅かに眉を寄せて心配そうな……と云うより、拗ねた様な顔をするものだから。

彼女はより一層、可笑しそうに笑ってしまい

彼は更に不服そうに眉間に皺を寄せて。

「しかし、かなり寒いぞ。風邪でもひいたらどうする」

「貴方が何枚も何枚も何枚も、買ってきてくれたケープを掛けているから大丈夫です」

「いや、この程度ではまだ危ない。手だって随分冷えているだろう」

「手袋はしていませんからね」

「買ってこよう」

「結構です」

「しかし!」

不服そうな顔からあからさまに心配そうな戸惑った顔に変えた彼の、肩に置かれた手を彼女は上から握り締め

「貴方の手があれば十分温かいです」

本当に嬉しそうに笑うから。

彼も、それ以上何か言えるわけもなく。ストレートな言葉に、照れ臭そうに笑う事しか……

「しかし、お腹の子どもにもしもの事があったら」

多少戸惑っても、言うべき事は言う。それはとても彼らしく、そして

父親らしい。

彼女にとっても嬉しい言葉に

臨月をとっくに迎え、充分に大きくなったお腹を優しく撫でて

「あら、わたしの心配はして下さらないんですね」

からかう様な調子で彼女がそう言って笑えば、彼は少しだけ『参ったな』とでも言いたげに苦笑して。


それから


「おまえにも、この子にも、大事があっては困る」

とても優しい笑顔で、彼女の大きくなったお腹を撫でた。



早く産まれておいで、わたし達の大切な命。







夜もすっかりと更けて、時計が次の日を迎えた事を告げた頃

アールスの地に、数年ぶりの雪が降った。

真っ黒の空から落ちてきた小さな白い粒は、ささやかでもグレッグミンスターの街の風景を変えていく。


ひらひらと。


道や屋根へと落ちては、消えていく白。

本当ならば、誰も気付く筈のなかった真夜中の雪。



「あら! 珍しい……」

いつもならぐっすり眠っている時間に家路を辿るなんて、しかもこんな寒い日に。

そう、いつもと同じ日を過ごしていれば決して気付く事がなかっただろう、それは

「雪、何年ぶりだろうねぇ」

見上げる空から舞い降りる、真白な綿の様なそれに

マリーは思わず、笑みを零した。

「こんな時に見れるなんて、これはあの子のお礼なのかしらね。名前は確か……
 そう、」




「セイ、か」

暖かな布に包まれて穏やかに眠る、産まれたばかりの命を腕に

彼がぽつりと漏らした言葉に、彼女はベッドに横になったまま微笑んだ。

「いい、名前だと思いませんか?」

聞えていたと思わなかったのか。彼女のそんな言葉に、少し驚いた顔でそちらを向く彼。

笑んだ彼女と視線が合うと、驚いていた顔が自然と笑顔に変る。

「あぁ。良い名だ」

「でしょう?」

大きな仕事を終えた後だから。少し疲れた顔はしているものの、満足そうに笑う彼女の元へと。

彼は、小さい命を大切そうに抱えたまま歩み寄った。

「しかし、どういう意味なんだ?」

そっと、腕から下ろし微笑む彼女の横へ寝かせ、彼もベッドの脇に腰掛ける。


新しい家族を入れた、初めての団欒。



「意味、ですか?」

「ないのか?」

優しく優しく、我が子を撫でる彼女の手に、浮かんでくるのは笑顔だけ。

産まれたばかりでも、その手がどれ程に大切なものなのか分るのだろうか。差し出された指を、小さい手で精一杯強く握り締める。

彼はそんな手を、上から優しく握った。


小さくて柔らかく、温かい手。


「ありますよ」

確りと指を握られて嬉しそうに笑う彼女に、彼は思う。


この存在達を守らなければ、と。



世に在るどんなものよりも、自分の命よりも大切な、たった二つの命。



「命」

「え?」

自分の考えを読まれたのだろうかと思ってしまう程、見事に自分の思考と被って聞えた彼女の声に

彼は一瞬面食らった顔をするが、彼女は我が子を撫でながら笑うだけで。

そんな顔で笑われていては、彼も驚いてるだけで居られず。少しだけ苦笑いを浮かべると、直ぐに微笑みに変える。

「……命?」

「はい。生命の“セイ”」

「生命……か」

「わたし達の、一番大切な命ですもの」

慈愛と云うに相応しい、そんな優しい表情で笑う彼女に

彼も、同じ様に微笑んだのだろう。彼女がそんな彼を見て、とても嬉しそうに微笑んだのだから。




たった一つの、この世で一番大切な“セイ”へ。


沢山の人に愛され、優しく逞しく、生きてくれることを

これから歩んでゆく道が、希望と幸せに満ち溢れていることを


自らの想い、全てを懸けて願う。




「産まれてきてくれて有難う、セイ」

「愛してるわ、セイ」


雪の様に柔らかくて優しい、沢山の幸せが降ることを。





05/03/01