| 4年に渉る内乱が終り、新しき国が建つのを明日と迫った日。
パチパチと良い音を発てる焚火の前で、真っ黒な空を仰いでいた。
その間12日、彼が何をしていたのかと言えば 崩れた城に閉じ込められた人の発掘と、新しい国の色々な草案作りだ。
自分は戦争が終れば不要な人間だと言った熊と、足に矢を生やしマントより青い台詞を吐いた馬鹿を なんとしても見付け、ブチのめしてやるつもりで発掘作業を手伝い。 無茶をして勝手に死んだ軍師の尻拭いに、普段使わない箇所の脳までフル回転させて国家草案作りをし。 結果 危うく大統領の座に就かされそうになり、夜逃げよろしく真夜中のグレッグミンスターから逃げ出してきたのだった。 一応クレオ宛に置き手紙を残してきたが、彼女ならばそんな物がなくても巧く立ち回ってくれるだろう。 レパント達には少しだけ悪い事をした様な気もしているが、新しい国に必要なのは自分で無い事くらいセイは充分理解していた。 国や民を常に思う、心優しく強い英雄が国を守り続ける。それは確かに素晴らしい事なのかもしれない。
英雄と呼ばれてはいるが、彼自身が人間である部分を捨てる事など出来ない。 何より、人間である事を強く望んでいる。 そんな彼にとって、英雄である事を求められるこの国は少しばかり窮屈だった。 ただこの国を、仲間達を思っている事は事実で。その為に全て捨てる事も出来ず、2日前まで皆の元に残ってしまっていたのだが。 彼自身で出来る事は、もうこの国では残っていない。なので、もうその場所に居る理由も無かった。
そこには相変らず、焚火で僅かに仄明るく見える木々達が並ぶだけ。しかし
森の奥から、姿を見せない何かが声を発した。 それは、セイがとても良く知る 「完全に気配を消していたつもりでしたが、お気付きになられてましたか」 戦争中、秘密工場に行った際に暇そうにしていたので声を掛けたら、自分を雇えと言った忍びの声だった。 その頃、波に乗り出していた解放軍としては20000ポッチくらい大した金額ではなかったのだが、自分のポケットマネーから出し
戦争が終ったその日、クライブと同じく気が付くと消えていたので、まさかこんな所で会う事になるとはセイも思わなかったらしく 昨日から居る事は知っていたが、偶々同じ方向なのだろうと害がある訳でも無いので放っておいたのだ。 しかし、2日に渉って付かず離れずの位置をキープしながら自分と同じ方に進んでいるとなれば これはもう付けられているとしか思えない。 そして鎌をかけてみたら、大当たりだった訳だ。
「某もまだまだ、と云う事ですか……」 「人生、日々勉強さ」 「そのお言葉自体、某には何よりの勉強になります」 カゲは解放軍と云うより自分の下で動かしていた感が大きいので、この妙に改まった口調も彼にはとても馴染み深いものである。 寝転がった姿勢のまま、視界は再び空に向かう。
「で、どうして此処に居るんだ。追加料金でも取り立てに来た?」 寝転がり、相手の顔も見ず可笑しそうに放つ言葉。セイを英雄と称える者達には、決して見せる事のない態度だ。 しかしカゲは動揺する事もなく、先程より少しだけ近い位置から聞える声で 「追加料金が必要な程、働いてはおりませぬ」 真面目な調子で応える。 どれだけ話をしても彼の感情は掴める事が無かったが、カゲもセイに対して同じ事を思っているとは知る由もなく ケラケラと可笑しそうに笑いながら、視線をカゲが居るであろう場所へと移す。 頭上より少し離れて、片膝を付いて控えている姿が見えた。 「じゃあ、もう少し働く?」 「あの時セイ殿が支払われた、契約金分の働きは致しましたが」 「あぁ本当に。君は僕が思う以上に働いてくれたよ それこそ彼はもう、“自由の身”である筈なのだから。 「某、あの戦いを通し彼方様のお力を知りました」 セイが可笑しさに、不可思議さを混ぜて問うた事に気付いたのだろう。カゲは少しばかり目を伏せて、一字一句ハッキリと述べた。 しかし、それを聞いて不思議さが増すのはセイだ。 「力……って、紋章の事?」 「いいえ。もっと大きな……彼方様しか持ち得ない力だと、某は思っております」 彼が自分の何を見てそんな事を言うのか、セイにはいまいち理解出来ないが 理解出来ぬのならば話を進めるしかないだろう。 「…………それで?」 枕にしていた左手を出すと少しだけ頭を掻いてから、促す様にカゲへと伸ばす。 「某、今まで金銭の上でしか忠義をたてた事は御座居ません 「良いと思うよ」 「しかし、彼方様を見て思いました」 「何を」 「この方にならば、何を賭さなくとも命を預けられると」 「そんな事言われてもね。と云うか、勝手に命預けられても」 「えぇ、これは某の勝手な思いです。しかし どうやら本気らしいカゲの言い分に片手では事足りず、セイは思わず体を起こしカゲと向き合う形で座り直してしまった。 後程、こうしてしまった事を後悔するのだが。
真顔で言うセイに 「要りません」 カゲも跪き、少し俯いたままの状態で。 「この国の、解放軍の戦いも終わった。契約は切れた」 「充分に理解しております」 「英雄でもない」 「彼方様は彼方様。某にとって、以上以下も御座居ません」 「物好き?」 「かもしれませぬ」 「そこは否定しろよ」 「御意」 全く調子の変らぬ声で返され、思わず目を丸くする。 「……いや、今のは冗談だからな?」 「分りました」 「分かってないだろう……」 「どうでしょう。考えては頂けませんか?」 さらりと自分の言葉を流され少しだけ、冗談をまともに取り合ってくれない仕事人間を睨んでみるが 毎度の事だと思い出し、溜息を付こうとして肩を竦めるだけに留めておく。 「……別に、誰かに守ってもらわなきゃならない程、弱くもないんだけどな」 「彼方様の強さは重々承知しております。しかし某は忍び 確かにセイは、27の真の紋章の一つである覇王の紋章の力で黄金の竜と化したバルバロッサを相手に 手を出そうとする仲間を捻じ伏せてまで一対一で勝負を行い勝利した、尋常ではない強さを持った人物である。 その辺りの雑魚が束になったって、寝ている彼にすら敵わないだろう。 しかし、カゲの得意とするのは正攻法ではない。裏の世界と通ずる、その事こそが彼の心髄である。 彼が一体何を何処まで出来るのか。 意地悪半分興味半分で、セイは色々無理難題を吹っ掛けたのだが、どれ一つとして出来なかった事などなかった。 「あー……そうだな。確かに、お前の力は魅力だ。色々凄かったし」 「某の出来る事とあらば、何なりと致します」 「…………本当に金はないよ?」 「彼方様からは一銭も頂くつもりは御座居ません」 「酔狂も良い処だな」 「そうかもしれませぬ。ですが、彼方様とある事が某の悦び故」 ここに来て初めて、カゲが顔を上げた。
そう云えば、オデッサも言っていたのだ。『貴方の目は、人を惹き付ける』と。 瞳と云うものは恐らく、自分が思っている以上に力が在るものなのだろう。 それは強い力を発していれば、瞳を見ただけでどれだけ本気なのか分ってしまうくらいに……。
その所為で、うっかり幸せを幾つか逃してしまった。 このままでは青い男の如く不運になってしまうと、慌てて口を塞いでチラリとだけカゲを見やる。 カゲは、そんな様子に気付いているのか。彼の事だ、気付いていても素知らぬ振りをする事など簡単だろう。 それが分るだけに、その視線が堪らなくて。これが最後と言わんばかりに長く深い溜息を吐いて、降参よろしく両手を挙げた。 「……じゃあ、まぁ、幾つか条件出すけど」 「何なりと」 「心配ないと思うけど、自分の身は自分で守れ。目の前で死んだりしてみろ、ただじゃおかない」 「ご心配為さらずとも」 「付いてくるのは良いが、鬱陶しいから何処かで潜んでろ」 「元よりそのつもりでした」 「なら、もっと気配の消し方を勉強するんだな」 「申し訳ありません」 言いこそキツいが、解放軍のトップとして会った時は常にこの調子だったし カゲにはその裏にある本当の意味を読み取る事が出来るので、何を気にする事もない。 「次……これが一番、重要だ」 「何でしょうか?」 だが、戦争中でもあまり見なかったとても真剣な表情に、カゲも思わず声を潜め僅かに身を乗り出した。 しかし返ってきた言葉は
それでも、旅をする上で金を稼ぐというのは中々に難しいのは分っているし 大人しく頷いておくのが気分屋の彼に仕える上で最も重要である事も、痛いくらいに分っている。 「…………御意」 「よし!
それじゃあ、後は適当にやって 「承知しております」 気分屋の本領発揮な一言だが、どうやらこの言葉もカゲを揺るがすものには成り得ない様だ。 そんな彼にセイもいい加減諦めたらしく、肩を竦めてから先程座っていた位置へと腰を戻し、再びゴロリと寝転がった。 「じゃあ、話はそれだけ。もう寝るから、起こしたら……酷いぞ」 「存じております」 目を閉じたまま素っ気無く言う言葉にも、いちいち真面目なカゲが面白くて 「じゃ、お休み」 「お休みなさいませ」 セイは少しだけ口の端を吊り上げたまま、眠りについた。
「何でしょうか」 「昼過ぎまで寝るから、僕を起さない様に」 「御意」
04/08/10 |