走り出した馬は、短い草が覆う大地を蹴って風を切る。


気持ちの良い風の為か。先程の、訳の分らない事に因る恐怖もカイには一切なく。

最も、風以上に彼の気持ちを和らげるものがあるのだが、今の彼には知る由もない。



「で、カイ。お前、何だってあんな川ん中に居たんだ?」

「川……ビクトールさんが、助けてくれたんですよね?」

「ん? あぁ、まぁ……」

「あの、もう1人……もう1人、いませんでしたか?」

「……お前の友達か?」

「はい! ぼくといっしょに川にとびこんだ……」

「飛込んだ? まさか、自さ……」

「ち! ちがいますちがいます!! けど、ジョウイ……彼は……」

カイは多弁な方ではないのだが、彼等が自分に危害を加えないだろうと云う安心感から

……尤も、ルカを見た後では誰でも善人に見えかねないが。

今自分が立場でどんな場所に居るのかを全く考えず、ただ彼の身を案じる。

一緒に滝に飛込んだ、ジョウイを。


少し見回した処、前を走る馬にも乗っていない様だし、自分と同じく彼等に助け出された訳ではない事は分る。

明らかに声が落ちたカイにビクトールも直に気付き、とてもバツが悪そうな顔で頭を掻くと意を決したように口を開いた。

「友達、か……たしかに川には、一緒に居たんだ」

「え?! じゃ、じゃあ!!」

「だがな、お前さんを引き上げた時に流れちまって……追いかけたんだが、見失っちまった」

「そんな……」

「スマン」

肩越しでこちらを見ていたカイの表情が、一気に絶望した顔になってしまい、反射的に謝罪の言葉が出たビクトールだったが

本当にその瞬間、とてつもなく悪い事をしてしまった気分に苛まれそうになった。

しかし言ってみれば、自主的だろうが事故だろうが、素通りされても仕方ない様な状態にいたカイ達だ。

自分達のやっているのは、慈善行為かボランティア……と言うと多少大袈裟だが、不遜ではない。

だが、そんな世界が終りそうな顔をされて、罪悪感を感じない者も居ないだろう。

「本当に、すまんかったな……」

もう一度、遣り切れない気持ちを心に残しながら謝罪の言葉を口に出せば、視界の端に映るカイの頭が小さく横に揺れた。

「……あやまらないでください。だってビクトールさんたちは、ぼくらを助けようとしてくれたんだから」

風と蹄の音に消されそうな大きさで呟いたカイの言葉は、ビクトールには少しばかり聞き取り辛かったが

振り向いた顔は、最初に見せてくれた様な笑顔で。

「それに、ジョウイは……生きてます。約束したから、だから大丈夫です」

そんな事を言うものだから

彼には反って痛々しく感じて、返す笑顔も苦笑いにしか出来なかった。


その苦笑いをカイもどう受け取ったのか、不意に笑顔が曇り

「だから、助けてくれて…………めんどうをかけてしまって……本当にすみませんでした」

泣きそうな笑顔でそれだけ言うと、ビクトールの言葉を待たずに前を向き直してしまったので、それきり彼も何も言えず。

砦に着いたのはそれから30分足らずの話なのだが、その30分がビクトールには堪らなく長く感じられた。






ここが、俺達の根城。傭兵の砦だ」

「よう兵……のとりで」

馬から下れば、さらに目の前にある建物は大きく見える。

ビクトールが指した、この山小屋風の建物が傭兵の砦だと言うのなら

「……え……ここ、どこ……ですか?」

そこまで、全く向かわなかった方向へとカイの思考がようやく向かった。

「なんだビクトール、そんな説明もしてなかったのか?」

「あ゛ー……」

隣を歩くフリックに睨まれバツの悪そうな声を上げるビクトールだが

そんな彼をさらりと無視してカイへと向き直ると苦笑いを一つ浮べ

「ここは、ミューズ市国が擁する傭兵隊の砦さ」

「え……」

短的だが確実に、彼等の立場と現在地が分る言葉で述べてみれば

元から白く見えていたカイの顔が、明らかに青くなったのを傭兵2人は見逃さなかった。

驚くのならば分る。ミューズが擁する傭兵隊と云っても、別の市の人間は存在も知らない場合が有り

加えて、傭兵部隊であるから揃いの隊服等がある訳もなく。見ただけでは一般人、もしくはただの旅人にしか見えないのだ。

いきなり、『傭兵です』と言われたら驚くのが普通の反応だろう。

しかしカイは驚きと、もう一つ別の反応を見せた。


それは、恐怖か拒絶か。


戦う者を拒絶する人間だったなら、剣を腰に差している事に気付いた時点で怯えていた筈である。なのに、今更この反応。

「……カイ。お前、ハイランドの人間か?」

ビクトールが問えば、カイはビクリと肩を揺らして俯いてしまう。

その反応だけで紛う事なく肯定のサインだと分るのに。それでも彼は怯えながら何とか、泣きそうな顔を上げて数度頷いた。

「おいおいおいおい……そんな顔すんなよ」

「けど…………ぼく、敵国の……人間、で……それ、に」

「それに?」

「それに……ぼく、ユニコーン、少年……兵部隊って、いうところの…………少年兵、です」

黙っていれば只の『敵国の一般人』で済んだのに、この少年は多分に正直過ぎるのだと

他人事の筈なのに、ビクトールもフリックも我事の様に心の底から溜息を付いた。

カイの言いたい事は、二人共馬鹿ではないので気付いている。

休戦協定が結ばれたとは言え、まだそれほど時期も経っていない今だ。

そんな中、“一般人”なら兎も角“敵兵”が自国に入って来たとなれば、傭兵である彼等はそれなりに動かなければならない。

「まぁ、そうなんだけどな……」

最悪の事体を考えているであろう顔色を無くしたカイに、ビクトールも二の句が告げなくて

チラリと副隊長を見てみれば彼は肩を竦めるだけ。お前が決めろ、的な態度である。もしくは、勝手に恨まれろ。

心の中で舌を打つと、持て余して頭を掻いていた手をカイの頭に下ろして、そのままガシガシと撫でた。

「そんな顔すんなって、とって食おうなんて思っちゃいねぇよ」

その行動に驚いたのか、言葉に驚いたのか。少しだけ顔を上げたカイの目に、二人が自分を見下ろす姿が入り

恐怖と驚きでまた首を竦めそうになるが、その目が殊の他優しく見えて、意味も分らず安心してしまう。

「あーそうだ、あれだ。捕虜。捕虜扱い、な?」

安心したのはビクトールとフリックもだったらしく。

ビクトールがそう告げれば、曖昧でも笑顔を見せて頷いてくれたので、三人はようやく砦の中へと足を入れた。




捕虜と云う扱いである以上、牢屋もある事だしそこに入れなければならないだろうか云々。

と言ってみた処で部屋が足りない砦である。カイには牢屋に入ってもらう事になった。

「あ……の、カギ。しないんですか?」

地下にある為夜は寒いと、防寒用のマントを持たせて牢屋に入れられた後。

ビクトールとフリックは、牢屋の扉を閉めたは良いが鍵を掛ける素振りすら見せずに立ち去ろうとするものだから

思わず声を掛けたカイだ。

その声に二人が『やっぱり馬鹿正直』と思ったりしたのだが、そんな事を思われてるとは露程も知らないカイは

苦笑いを浮べた彼等に、どこか怯えた顔で首を傾げてしまうばかり。

「別にかけなくても逃げないだろ、お前」

「え? あ、はい」

普通そんな事を聞かれて『いいえ、逃げます』と言う人間は居ないと思われるが。

この馬鹿正直な捕虜少年に限って、そんな器用な嘘は付けない気がして

「まぁ、そういう事だ。じゃあ、晩飯まであとちょっとだし、しばらく大人しくしててくれ」

「それじゃあな」

「あ、はい」

頷くカイに軽く手を挙げると、二人はその場を立ち去り二階にある会議室に向かう。



夕暮れ間近の砦内は、戦から離れて時間が経っている事もあり酷く穏やかで。

時々部下から掛けられる声に適当に返したりしつつ

「おい、ビクトール」

階段を昇っていると不意に呼ばれ、少しぼんやりした顔で横を見れば、フリックが少し胡乱気に自分を窺っている。

「……なんだ、その顔は」

「お前こそ何だ」

吐いた言葉がそのまま突っ返され、思わず黙り込んでしまった。

黙り込んだら黙り込んだで、今度は盛大な溜息が聞える。

自分が何をしたと言うのか、何故溜息なんぞをつかれなくてはいけないのか分らず

出来うる限りに胡散臭い物を見る様な目を返してみるが

「何なんだよ、お前は」

返ってくるのは更に謎の言葉。

「だから何がだっつーの!!」

「カイに何か、後ろめたい事でもあるのか?」

「は?」

「言葉選んで喋ってるだろ、あいつと話す時」

フリックが少し真面目な目をしたものだから、ビクトールは思わず眉を顰めてしまう。

しかし、事実そうなのだろう。何故だかカイには、妙に強く出られない。

直に泣きそうな顔をされるので、それが堪らないと言うのもあるのだが。


何か。


彼が言い澱む度に、自分の中にも“何か”が鬱積していく様な気がして


何も言えなくなる。



その言葉を無理矢理絞り出そうとするから、自然と選んだ物になってしまうのだろう。

だが、フリックはそんな事に気付くほど彼と対していないし

話していても気付くかどうかは、変な処で外すこの青年では難しいだろう。

「……ま。んな事もあるさ」

「何だよ、それは」

「気にすんなってこった」

心配ないと云う意味を込めニッと笑顔を浮べて、不思議そうな顔をする相棒の頭をポンと軽く叩けば

その倍以上の力で後頭部を叩かれた。

これが彼なりのツッコミと言うか、心配なのだと分ってはいるが。

――ひでぇ……

ビクトールを振り返る事なく進んでいくフリックの背中に恨む様な視線を向けてみても、彼にそんな思いが届く事もなく。

仕方がないので、痛む後頭部を摩りながらも渋々歩き出した。




夜の帳が下りれば、闇が空を覆うだろう。


しかし、星はそこに瞬き


輝きは空を彩り、闇を照らしてくれるから。





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04/08/28