キャロの街、西の外れにある少し古びた道場で



「帰ってねーーっつってんだろーがーーーーっ!!」



よく通る良い声の罵声が、響き渡った。





静謐の逃亡





続いて、大きく開かれた扉から様々な日用品と共に出てくるのは

青と銀のハイライトが美しい、ハイランド王国軍の制服を着た兵士三名。

「き、貴様! 王国軍である我らにこんな事をして、ハイランドに楯突く気か!?」

自分達を追い出した人間に向かって叫ぶが、言葉尻が完璧に怯えの色を含んでいて迫力も何もあったものではない。

が、その人物をさらに苛立たせるには充分だったらしく

「あぁぁあああああ?!!」

そんな声と共に大きな壷が飛んで来て、慌てて避ける兵士達。

ガッシャーンと派手な音を発てて壷が割れた後に、威風堂々と表現するに相応しい現われ方をしたのは

投げられた壷に収まってしまいそうな少女、ケイだ。

「だーれが、楯突いたってーぇ?
 毎日同じ事を聞きに来る税金食い潰し能無し兵に、それ相応の対応をしてやってんだろうがよ〜ぉ」

「なっ! 能無しだとっ!? 即刻捕まえ……」

「うっせぇ能無し! 兎も角カイは帰って来てねーんだよ!! さっさと帰れ能無しが!!!」

その細身の身体からは想像出来ない声量で叫び、歴戦の戦士も震え上がりそうな勢いで身長より長い棒を振り回す様に

王国兵達も『覚えてろー!』と、負け犬丸出しの言葉を残して走り去っていく。

「てめぇら能無しの為に割く記憶の引き出しは、これっぽっちもねーんだよっ!!」

振り回していた棒の動きを止め、消えていく背中に向かって拾った壷の欠片を思い切り良く投げれば

誰かに当ったのか、『イテッ』と声が聞えた。


それにとても満足そうな顔をしていると、中から現れたナナミが

「ケイ……もうちょっと、おだやかにしようよぉ……」

酷く心配そうな顔で、狂戦士(バーサーカー)かと思う程に暴れ回った妹を見て溜息を零した。

「毎日毎日来やがって、同じ事しか言わないあいつらが悪い」

確かに毎度現れては、『カイは戻ってないか。戻ったら連絡するように』と繰り返されれば苛々も募るが

それにしても暴れ過ぎだろう……と、少しばかり王国兵達に同情してしまうナナミである。

「あ、ナナミ。恒例の様に塩撒いとけよ、塩」

「これ以上まいたら、料理に使うのがなくなっちゃうわよ」

「仕方ないなぁ、また安く買い叩いてくるか」

「まかなきゃ良いの、まかなきゃ。まいたって、毎日来るのはかわらないんだから」

「気分だよ気分」

「気分で食べ物をムダにしちゃだめー!」

そんな事を言い合って、笑いながら割れた壷の片付けをしているケイの姿は、至って普通の少女だと云うのに

一度怒ると手が付けられない為、姉であるナナミも常に傍観体勢だった。

「ケイはもうちょっと、女の子らしくしなきゃねー……」

ちょっとどころではなく、相当だと思われるが。

残念ながら、この家族の感覚は常人の規格よりとてもズレた場所にあり

しかも、常人代表としてストッパーになっている幼馴染が現在は居ない為、どんどんと暴走化が進んでいた。

戻って来た時、彼等が恐ろしい思いをするのは、もう少し後の事……。



「…………でも、カイ……本当に帰ってくるのかな」

拾いきれない細かい欠片以外は全て拾い終わり、腰を上げたケイに小さく聞えた言葉。

都市同盟が少年兵部隊を襲い、全滅した。少年兵部隊内に、都市同盟のスパイが居た。

これがケイとナナミの知る全て。

しかし、その噂が流れ始めた後に王国兵が道場に現れ、『カイは帰ってないか』と聞きに来たのだ。

それはようするに“全滅”ではなく、どんな理由であれ“生き残り”の居る可能性があると云う事。

「生きてるよ」

慰める訳でもなく、ただ当たり前であると言う調子で聞えたケイの声に、ナナミはゆっくりと顔を上げた。

「生きて、帰ってくるよ」

「……本当に?」

「本当かどうかは分かんない。ただの勘だから」

「カンでも良いの。ケイのカイに対するカンって、外れた事ないもん」

「じゃあ、今回も大丈夫なんじゃない」

「…………ジョウイも帰ってくるよね?」

「それは分かんないなぁ」

「もー! カイが帰ってくるんだったら、ジョウイだって帰ってくるわよ!!」

「じゃあ、帰ってくるんじゃない」

突き放した様な言い方だが、それがケイなりの励まし方だと。ナナミは充分知っている。


――ダメだな……お姉ちゃんなのに、心配かけちゃ

心の中で自分を叱ってから、立ち上ると


「さ! お昼ごはんにしよっか」

誰にでも元気を与えられそうな、そんな顔で笑った。








「ポールさーーん、おわりましたぁー!」

もうすぐ昼になろうかと云う頃。ここ数日の間で、あっと云う間に傭兵隊の砦でお馴染みとなった声が響いた。

その元気な声に、傭兵達は誰ともなく顔を合わせて笑い出す。

「おーい、ポール。カイが呼んでるぜー」

「ほらほら、早く行ってやれよ」

「わ、分ってるって!」

ポール自身はまだ仕事の途中らしく、両手に大きな荷物を抱えてドタドタと砦内を走っている。

その途中途中で仲間にからかい混じりの声をかけられているのだが、それでも嬉しそうなのだから。

しかし、彼がこれだけ喜ぶのも仕方ないだろう。

傭兵としての仕事が減っている今、雑用係長と化していたポールは

カイが傭兵隊長達に連れて来られた時、その世話役までも任されてしまった。

しかし初めて会った時のカイは、とても大人しく……と云うか陰気で

戦う事よりも雑用等の方が楽しく、子どもや動物の世話も好きなポールたっだが、世話を押し付けられた事を恨んだ程。

それでも諦めずに根気良く、大人し過ぎる彼に何度も会話を試み、その結果二日目の昼食時には笑顔を見せてくれたのだ。



「悪い、カイ! 待たせたな!」

「あ、ポールさん。大丈夫です、まってないですよ」

荷物を抱えたまま地下に下りれば、倉庫の傍にはカイが笑顔で待っている。

その会話はまるでどこぞのカップルで、他の者達の格好のからかいのネタになっているのだが

本人達が気付いていないのだからどうしようもない。

「おぉ、キレイに片付いたなー」

「かたづけトクイです!」

午前中、バーバラを手伝って倉庫整理に精を出していたカイだが

要る物要らない物と分け、洗濯が必要な物などを表に出した倉庫内は、朝には雑然としていたのに見事なものだ。

えっへん! と云う様に胸を張るカイの頭を、持ってきた荷物を下ろして撫でてやれば嬉しそうに笑ってくれる。

「頑張ったなぁ……あ、それで、バーバラは?」

「バーバラさんは、ブーツとかのてんぴぼししなきゃいけないのを持って外に行ってます」

「そっか。えーっと、じゃあ……時間も時間だし、飯にするか?」

「はい!」

打てば響く様な良い返事。少し前では考えられなかった事だ。

自分の抱えてきた荷物は後ででも部屋に片付ければ良いだろうと、カイを伴い階上へ向かう第一歩を踏み出す。

初日と二日目こそ、食事を運んで牢屋内で摂らせていたが

二日目の晩、ビクトールが『運ぶのも面倒だろうし、上で一緒に食え』と

カイを食堂へと連れていったので、それからは食堂で皆と一緒に食事を摂っていた。

今日も、一階に上がればポールだけではなくカイにも『ご苦労さん』『調子はどうだ』と、皆から声が掛かる。

その気安さに初めは戸惑っていたカイだが

中には厳つく恐面の人物もいるが言葉自体は至って好意的で、今では嬉しそうに言葉を返せる程。

心の中ではまだ、『何故、捕虜である自分にこれ程好意的なのか』と思っている部分はあるのだろうが

見知らぬ人達から与えられる優しさと笑顔は、確かに彼の凍えていた心を解してくれていた。

それに、カイ自体が受け入れられ易い人間だと云う事もあるだろう。

少々臆病でおどおどしがちだが、慣れてくれば明るく素直な笑顔の多い普通の少年で

そんなタイプを嫌いな人間の方が少ないのだから、彼が傭兵達に可愛がられるのも当然と云えた。



昼時の為、いつも以上に人でごった返す食堂内にポールとカイが足を踏み込めば、より大勢の声が掛かってくる。

その中でも一際大きく聞えたのは

「おーーい、カイにポール! コッチ来い、コッチ!」

大柄な人間が多い中でも目立つだけの大きい体が、ぶんぶんと大きく手を振っている。ビクトールだ。

それに答えようと、カイも声を上げて手を振り返そうとしたら、ビクトールの姿が人込みに沈んでしまった。

彼は不思議そうに首を傾げているが、何が行われたのか見えていない傭兵達にも……勿論ポールにも分っている。

――フリックさんに殴られたな……

喧嘩と云う名の、副隊長の隊長に対する鉄拳制裁は、砦では日常の一コマである。

二人で傍に近付いてみれば、やはりビクトールは痛そうな顔をしながら頭を摩っていた。

「ビクトールさん、どうしたんですか?」

「ちょっと、青い若造に暴力振るわれてなぁ……」

「誰が青い若造だ! お前こそ、騒がしい食堂でさらに騒ぐな。ガキじゃあるまいし」

「こいつらに声をかけただけで、殴るこたぁねーだろ!」

喧嘩だと、二人を見てオロオロするカイに、ポールは気にする事もないと席に着かせる。

本当に仲が悪いのなら、向かい合わせに座って食事を摂ろうとする事もないだろう。

ようするにこれは、傍迷惑なコミュニケーションなのだ。

何度となく目にしているのだから早く慣れれば良いのに、と慌てているカイを見ながら、ポールは溜息をつくばかり。






「そう云えば、カイ。お前の友達らしい奴の情報が入ったぞ」

「ほんとですか!?」

昼食も終ってはいたが、本当に仕事がないのだ。

人の捌けてきた食堂でカイとポールは、掃除の為に会議室を追い出されたビクトール達のしている書類整理を手伝っていたら

突然のフリックの言葉。

それにカイは当然の様に勢い余って立ち上り、斜め前に座る彼に噛み付かんばかりに顔を近付ける。

「な、ど、ど、な?!」

「カ、カイ! 落ち着けって、な!」

「カーイ、慌て過ぎ。フリックが固まってる」

「え!? あ! ご、ごめんなさいフリックさん!!」

「あ……や。大丈夫だ」

これ程勢いのあるカイと云うのは初めてで、フリックが驚いてしまうのも仕方がない。

ペコリと申し訳なさそうに頭を下げる彼に苦笑いを返すと、気持ち入れ替えに咳払いを一つ。

「それで、その情報なんだが」

「はい!」

「ま、落ち着いて聞いてくれよ」


フリックが云う処によると

トトの村に生家を持つ傭兵隊兵士である青年が今日、二週間程とっていた休暇を終えて砦に戻って来たのだが

その休みの最中である一週間程前、村近くの川で少年が打ち上がったと云う噂が流れた。

他に行く場所のあった青年は、その噂が本当で、少年は誰かの家で養生しているらしい

と言う事を聞いたくらいで村を出てしまい、実際にその噂の少年には会わなかったとの事。


「母親から聞いた話だって言うし、我が子にそんなウソついてもしゃーねーんだ。ウソって事はないだろうさ」

「あぁ。それに一週間ほど前に打ち上がったんだって言うなら、俺達がカイを見付けた頃から考えても時期が合う」

「良かったな、カイ! お前の友達生きてるじゃないか!!」

「は、はい!!」

二人の言葉に目を輝かせたカイに、ポールまでが嬉しそうに笑う。

どういう経緯でここに来たのか、深い事情は……聞く事を忘れているビクトールにより、はっきりしてはいないが

カイがハイランドの少年兵で、友人も同じ立場でこの都市同盟に来ていると言うのは、砦内では周知の事実。

「それでカイ。明日、ミューズの方に用事で行こうと思ってるんだが、お前も一緒に行くか?」

「え?」

「トトの村なら、ミューズに行く途中に寄れるからな。ウワサの程を確かめるのも良いだろ」

「え! え?! つれてってくれるんですか!?」

「だから、そう言ってるじゃねーか?」

またあたふたと慌てるカイに、ビクトールはニヤリと口の端を上げて笑う。

横でフリックが呆れた様に見ているので、恐らくカイを連れていこうと云うのも今勝手に決めた事なのだろう。

しかし、慌てながらも嬉しそうに見えるカイを見てしまうと、出てくるのは溜息だけで。

「連れていくのは良いが、そのまま置いてくるなよ……」

「わーってるって! つー訳で、明日出発な」

「は、はい!! ありがとうございます!!!」

確かに傭兵隊の皆は優しく、カイにとってもこの砦は酷く心地良い場所ではあったし

幼馴染はきっと生きていると信じていても、それでも心配じゃない訳はない。

そんな自分の気持ちを見抜いて、皆の気遣ってくれる言葉が本当に嬉しくて

椅子に座ったまま勢い良く頭を下げたら


「カイ!?」

「だ! 大丈夫か?!」

「すっげぇ音したぞ、オイ……」


机に激しく額をぶつけてしまった。





2話 後編へ

04/09/22