傭兵の砦から、大人の足で二時間程の場所にあるリューベの村は

背後にした山から流れ出る清水と澄んだ空気が自慢の、いたって長閑なミューズ市の片田舎だ。


そんなリューベの村に、ほんの数日前から旅芸人が滞在していた。





巡り、逢い





既に二日、村の中心らしい大きな木が植わった広場で興行を行い、それなりに稼げた処だ。

そろそろ別の所へ移動したいと思ってはいたが、リィナは宿である噂を聞いており、その為この後の予定が一切決っていなかった。

しかし、今後の予定が決っていなくとも人は集り、人が集れば芸を始めなければならない。

リィナはカードによる、と見せ掛けて観察眼をフルに活用した占いを。

彼女の妹であるアイリがナイフでジャグリング。

唯一の男手ボルガンは、サーカスで覚えた火吹きの技を披露する。

三人共産れた場所はあれど、幼い頃から流れる事で暮らしてきた為、これが唯一出来る生き方だったが

人々の驚きながらも喜ぶ声。

これを聞く事が嬉しいから、この生き方を苦にした事もなかった。

今日も朝から其々の芸を披露し、始めてからどれくらいの時間が経ったか。

何人目かの女性客の占いが終った時、並んだ客達の向うにふと視線をやった瞬間


一人の少年が目に留った。


輪になった客達の外に居るらしく、何が行われているのか分からず中を見ようと飛び跳ねているのか。

規則的に飛び出す顔は一見したところ少女に見えるが、沢山の人達の中にあって目を奪われると云う程美しい訳でもなく

リィナ自身も、どうして一瞬で彼を見付けられたのかよく分からないくらいで。

何の気はなしに妹達の方を見てみれば、アイリも彼を見付けたらしく。

そろそろメインイベントとも云える、彼女の十八番ナイフ投げを始めようとしていた事もあるのか

「そこのあんた!」

彼の方へと視線をやりながら、そんな声を上げた。


呼ばれた彼はと云うと、まさか自分だと思う訳もなく。彼の近くに居る他の客達がお互いに顔を見合わせる。

「あんただよ、あんた!!」

しかしアイリはそんな人達を気にする事もなく、真っ直ぐに彼へと足を進め

「あんただってば」

客を掻き分け、少年の腕をがしっと掴んだ。

「へ…………え? ぼ、ぼく??」

驚きで状況が理解出来ずぽかんとした顔は、妙に愛嬌がある。

額に湿布を貼り、目立つ赤い服を身に纏った、胸はどう見てもまっ平らな目の前の人物を

――あれ? 男か?

アイリは前から後ろからとマジマジ観察し、どうやら男だったらしいと確認し終わると嬉しそうに少年の腕を軽く叩いて

「うんうん! 背丈も丁度良いし、顔もけっこうカワイイじゃない。さ、おいで。ほら早く、こっちこっち!」

再びガッチリと掴むと、中央の木へと無理からに引き摺っていく。

「え、ちょ、あ、あの、え? え、な、なになに? え、あの、あのーーー!」

「ちょ、ちょっと待って下さい! カ、カイを放し……」

引き摺られつつも、取敢えず抵抗しているらしい少年に

その少年の友人であろう亜麻色に近い金髪の少年は、端整な顔を引き攣らせて友人を引き摺るアイリへと詰寄るが

「ま、見てなって!」

と笑顔で見事突き放され、呆然としてしまう。

しかし彼が呆然としている間に赤い服の少年はアイリによって、手を後ろに固定されて広場中央の木へと張り付けられ

火吹きの芸を終えたボルガンが、客達の視線を集めるべく手を叩いた。

「みなさーーーん!!! ちゅうもーーーく、ちゅうもーーーく!!」

その声と音に我に返った少年二人は、次の声に固まる事になる。

「えーーーー、ここにあらわれましたーーーる、ナイフなげのめいしゅにしてなだたるびしょうじょの、アイリじょう
 そのすばらしきうでまえ、うつくしきみょうぎをーーー、とくとごらんくださーーーい」


“ナイフ投げ”


その言葉に赤い服の少年は何度も目を瞬かせ、亜麻色の髪の少年は切迫した顔で交互に友人とアイリを見ている。

頭の中では、なんとかして友人を解放してもらえないかと必死ではあるのだが。

その姿があまりに必死な為に間抜けで、流石に気の毒になってきたリィナは

彼等の方にそっと歩み寄ると、出来るだけ安心させようと優しい笑みを作って

「突然ごめんなさいね。動いちゃ駄目ですよ、あの子最近調子悪いから……
 でも心配しなくても良いですよ。良い傷薬を持ってますから」


さらに不安になりそうな事を言った。



しかし、無情にもナイフ投げは始まりを告げる訳で……。

友人の傍に張り付いていた亜麻色の髪の少年は、アイリによって無理矢理引き剥がされ

的になっている赤い服の少年はと云うと、さっきの言葉のショックから立ち直れず。

ボルガンがスイカやカボチャなど、ナイフ投げの的になるものを頭の上に乗せていこうとも微動だにする事無く。

最終的にバナナにトマトと云う随分小さな的になったのだが、その時点では緊張で固まっており

リィナの忠告通り動かずに居ようと思ったのかどうかは定かではないが、結果的には大成功を修める事になった。






「うーーん、大入り大入り!」

たっぷりとお金の入った袋を振って満足そうに笑うアイリに、リィナは困った様に笑顔を浮かべ

未だ緊張疲れから解放されていない、木の根元に座り込む赤い服の少年へと視線をやる。

的になっていた少年よりも、亜麻色の髪の少年の方が心配疲れでぐったりしていたりするのだが。

「貴方達、手伝ってくれて有り難う」

「…………え?」

「あ、いえ。役に立てて、よかったです。ちょっと……ビックリしちゃったけど」

リィナが微笑めば、赤い服の少年もぎこちなくだが笑って、亜麻色の髪をした少年もつられるようにして笑う。

ようやく落ち着いてきた処だろうかと、アイリとボルガンも片付けを終えたのを確認してから

リィナは再び少年達へと向き直り深々と頭を下げた。

「この度は、こちらの都合に巻き込んでしまって済みませんでした」

「あ、いえ、そんな! 気にしないでください、ゼンゼンへいきですから!」

改まったお礼に、思わず正座になって頭と手をぶんぶん振る赤い服の少年の姿に、皆から自然と笑顔が漏れる。

「そう言って頂けると有り難いですが……アイリ、貴方もお礼を言いなさい」

「手伝ってくれてサンキューね!」

「いいえ、どういたしましてです」

楽しそうに笑い合う妹と少年の姿にリィナも安心した顔で息をつくと、自己紹介がまだだった事を思い出したのか。

「私達は旅の一団で、私はリィナ」

彼女がそう切り出せば

「私はアイリ。私達は姉妹で、あっちが姉貴」

「ボルガンだぁ!」

アイリにボルガンも、楽しそうにそう続ける。

その自己紹介を受け、少年二人は少しだけ顔を見合すとようやく立ち上がって

「僕はジョウイ。彼は、友達のカイです」

亜麻色の髪の少年が、ジョウイ。

「カイです、はじめまして」

赤い服の少年が、カイと名乗った。


「カイとジョウイだね。あんた達、この村の人間? 前の時は見なかったけどさ」

「いえ、僕等はこの村の人間じゃ……」

「ぼくらはハイランドの、キャロっていう街から来たんですよ」

アイリが「へぇ」と相槌を打つ前に、ジョウイが真っ青な顔でカイの口を抑えるが、言葉は既に放たれた後で。

彼等にどういう事情があるのかは全く分からないが、アイリ達からすればカイの言葉よりもジョウイの行動が可笑しいのは明白で

旅芸人三名の静かな視線がジョウイに突き刺さるが、彼は引き攣った笑みのまま

「……あ、貴方達はこれからどうされるんです、か?」

無理矢理な会話修正を行う。

あまりにも不自然な会話運びであるが、それぞれに触れられたくない部分や触れてはいけない部分がある事くらい

股旅暮らし、その時だけの人付き合いを繰り返している彼女達には嫌と云う程分かっているから。

リィナは、にこりと綺麗な笑顔を浮かべると

「そうですね。この辺りの村は全て回ってしまったので、そろそろ次の土地を目指そうと思ってるんですが」

何事もなかったかの様に会話を続けたので、ジョウイも安堵し、苦しさを訴えて自分の手をバシバシと叩くカイを放してやった。

尤も、何故言葉を遮られたのか分かっていないカイなので、手を放してしまったらまた何か余計な事を口走る可能性もあるのだが。

ジョウイは今一その辺りまで頭が回っていないらしく、恨みがましい目で自分を見るカイに苦笑いを向けつつ会話を続ける。

「次の土地?」

「北の方に行こうかって話してたんだ」

リューベの村から北と言えば、そこはハイランド王国である。


会話が戻ってきた!!


と、ジョウイが焦るよりも早くカイが

「だったら、ぼくらと行く所いっしょですね」

言ってしまった。


「そうなのか?」

「はい。キャロにもどる旅のとちゅうなんです、ぼくたち」

「あら、そうだったんですか。なら、もし宜しければご一緒しませんか?」

「あ、それいいですね!」

「みんなでいっしょ、たのしい!」

「はい、楽しいです!」

ジョウイが気持ち的に崩れ落ちそうになっている間に、話はどんどんと進み

「ね、ジョウイ。みんなでいっしょに行こうよ、ね!」

カイの満面の笑顔と旅芸人達の期待に満ちた目に、駄目だなど言える筈もなく……。

それ以前に、カイの“お願い”を撥ね退けられた事のないジョウイが、この状態で拒否出来る筈もなかった。



それから数時間後。

昼食を取り終えたカイ達は、ハイランド王国と都市同盟の国境になる燕北の峠に向かって出発した。

峠の手前で一晩野宿して、朝早くから峠に入って日が落ちる前までに峠を抜けると云う予定なので

のんびりとしたピクニック気分に近いノリで進んでいく。

「そういえばさ」

歩き出して一時間が経った頃。

唐突に襲ってきた毛の塊の様なモンスターもさもさを倒し終えた後、アイリがナイフを仕舞いつつ声を上げた。

「え? どうしたの?」

「今思い出したんだけど」

「なになに?」

初めは敬語で話していたカイだったが、アイリが『勘弁して』と言ってきた為、今ではすっかり打ち解けて普通に話し合っている。

「燕北の峠の噂だよ」

「とうげのウワサ?」

「二人は、聞いた事ないかしら」

「ジョウイ、聞いたことある?」

「いや……一体、どんな噂なんですか?」

再び歩き出しながら、その話は始まった。



「……なんでもね……」


青い空、緑が広がる大地。

この爽やかな環境の中、まるで怪談話でも始めようかと云う様子で、アイリは少し声を潜めて話し出す。

「ここ1年くらい前から、都市同盟では噂になり始めたって事なんだけど
 もっと昔から居たって云う人もいるから、一体何時から居るかは分からないんだって」

「いる?」

「あぁ。燕北の、霧の化け物って呼ばれてるのがね」

「霧の化け物……」

「実際に見たって人達も結構居るには居るんだけど、その目撃証言もなんだかまちまちでね
 女の形をしてたって言う人もいれば、ワケ分かんない怪物の形だったって言う人もいて……」

真っ青な空が霞むくらいアイリの怖がらせようとする話し方は巧く、その手の話にあまり興味のないジョウイですら聞き入っている。

「中には襲われた人達も居るみたいなんだけど、やっぱり言ってる事はバラバラなんだよね
 そういう事もあって、霧の化け物ってのはモンスターって言うより、幽霊に近いんじゃないか。なんて、言われてるらしいよ」

「幽霊……」

「何。カイ、幽霊とか怖いのか?」

反芻する様に呟きふっと黙り込んだカイに

アイリは楽しいものを見付けたと言わんばかりのからかう様な口調で問い掛ければ、彼は少し困った顔で首を横に振って

「こわくはないけど……もし、ほんとに、きりの化け物が幽霊なんだとしたら……かわいそうだなって、思って」

悲しそうに、歪んだ顔に笑顔を浮かべた。

そんな言葉と表情に、アイリ達の思考が一瞬止まる。

また旅暮らしの彼女達は、勿論誰かからこう言った噂を聞いたから知っているのだが

どこで耳にしても、霧の化け物が可哀想などと言った人は居なかったので、カイの言葉に驚いたのだ。

「かわいそうって……なんで?」

人を襲ってるので、襲われた人が可哀想と言うならアイリも素直に頷けようが、カイの言いたい事は全くもって理解出来ない。

ジョウイは流石にツーカーな友人だけあって、彼の言いたい事が分かっているらしく。

いつ泣き出しても可笑しくないカイに、柔らかい微笑を向け優しくその頭を撫でながら


「幽霊って事は元は人だ。だとしたら、霧の化け物は……“誰”なんだろうね」

そんな事を呟いた。


「……そうね。誰かがあそこで命を落としたから、霧の化け物になったのかもしれない……
 そう考えれば、化け物である筈のそれが、一番可哀想なのかも知れないわね」

「かわいそう……きりのばけもの、かわいそう……」

ジョウイの言葉を継いだリィナの言葉に、ボルガンの悲しそうな言葉にアイリは静かに黙り込んだ。

興味本位で騒ぎ立てた自分が、何だかとんでもなく酷い人間の様な気がしたのだ。

思いっきり落ち込んでしまった皆の空気に、カイは自分の発言が招いた事だと慌てるが

「まだ幽霊だって決まったわけじゃないし。モンスターだったとしたら、僕等も危ないんだ。戦う事も、考えておかないと……」

カイに微笑を向けた後、少しだけ真面目な顔をしてそう言ったジョウイに、落ち込んでいた空気が僅かに緊張感を帯びる。

随分と噂になっている事を考えれば、それなりに強いモンスターなのだろうから。

「そうね。でも、実際はどうなのか分からないんだし、あまり緊張しても仕方ないわ」

リィナの笑顔で、一行は再び雑談に花を咲かせながら進む事になった。




バキッ

と通常なら発する筈のない音を発てた物は、街角にあった一つの立て札。

貼られていた紙は、その立て札に異音を発生させた人物により滅茶苦茶に破かれ地面に散らばっている。


『カイ、ジョウイ・アトレイド
 両名は、栄えあるハイランド王国ユニコーン少年兵部隊に属しながら、賤しい都市同盟と通じ
 天山の峠にて駐留していた少年兵部隊を、都市同盟の軍に襲わせた
 依然逃亡中につき生死は不明であるが、目撃した際は直に兵士まで一報を入れるように』


遊びにきていたムクムクを追いかけて街へ出たケイは、宿屋の前を通り過ぎた時に偶々その立て札を目にしたのだが。

昼過ぎの大通りで人も随分歩いているというのに、白昼堂々の破壊活動である。

「……っざけんなよ……確かに、スパイでも良いから生きてろとは思ったけど」

ガン! と足の部分を蹴れば、既に頭のない立て札は抵抗する事無く吹っ飛んでいく。

「本当にあいつらがスパイなんか、そんな真似出来るわけないんだよ!!!」

大声で叫んでみても、自分を見る人間たちの視線は至って冷ややかで

幾度となく感じていた、街の人間と自分達の間にある溝。それをまた、彼女は明確に感じ取っている。

哀れむような、蔑むような。

そんな視線ばかりが、自分に突き刺さり


居ても立ってもいられなくなって、森の方へと駆け出した。



街を囲む様にしてある森は、少し奥に入れば子どもなら迷ってしまえる程度に深く、生い茂る木々の所為で昼間でも少し薄暗い。

街の音が聞えなくなるまで走ってくると、少しだけ息を整えて辺りを見回した。人の姿は一切見えない。

太陽があまり当たらないだけに冷やりとした空気が、走ってきた肺に流れ込み少し噎せていたら

唐突に、ベタっと背中に張り付いた何かの感触。

「!!!? なっ!!!」

「ムムーーぅ」

焦って剥がそうと手を動かしてみれば、そんな声と視界の端に入った赤いマント。

「む……ムクムクかぁ……ビックリさせないでよぉ」

「ムム!」

どうやら追いかけっこを放棄して逃げられたのだと思い、ケイの事を追いかけてきたらしい赤いマントのムササビだ。

「ムーームム、ムッムムーー!」

「ごめん、悪かったよ! すみませんでしたっ!」

バムバムと小さな手で肩を叩いてくるので

ムササビ語が分かっている訳ではないのだが、怒っているのだろうと適当に合わせて謝っているだけである。

それでも、張り付かれていた背中から前に抱き直せば、なんとなくでもムクムクが何を言おうとしているのか分かるのだから

種族が違おうが、彼等は立派に幼馴染という関係なのだろう。

「……ムムー」

謝るケイに少し伺う様な、心配そうな顔をするムクムクに彼女は苦笑いを浮かべて

「うん? ……大丈夫だよ。傷付いてないから」

そう告げればムクムクは更に、人なら確実に眉間に皺を寄せているであろう、そんな顔をする。

「ムー……」

「ムクムクがそんな顔する事ないだろ。大丈夫だよ、ボクは」

「ムーム」

「本当に大丈夫だってば! 分かってた事だから……大丈夫
 傷つけられたり、しないから」


歪んだ笑顔で呟いて、少し強くムクムクを抱きしめるケイに、慰める様に肩を叩くムクムク。


「大丈夫……ボクは、大丈夫、だから…………ナナミには内緒だよ?」

「ムゥー……」


静かな森の中で、交わされた二人の小さな秘密。





3話 後編へ

04/10/07