| 峠の手前で一晩を過ごし、燕北の峠に入ったカイ達は
国境を越えると云う事でミューズ市の国境警備兵に一旦は止められたものの、リィナの機転により国境を越える事が出来た。
カイとジョウイは武術の腕が立つ方であり、アイリ達も旅暮らしと云う事でそれなりに戦い慣れているらしく 避けられるだけ争いを避けながら、峠に入る前と変わらずのんびりと談笑しつつ歩いている。 「カイ。傭兵隊の砦から、僕等の事が伝わってるかと思ったけど。大丈夫だったな」 「よう兵隊の砦?」 ジョウイがカイに小声で話し掛けたつもりの言葉が、後ろを歩いていたアイリにも聞こえていたらしく。 「な、なんでもないよ!!」 「そ〜〜ぉ〜〜?」 カイが何かを言い出す前に慌てて否定すれば、その不自然さにアイリは不機嫌そうな声を上げた。 話せない事がある事くらい分かってはいるが、露骨に避けられるとなんとなく面白くないのも事実で 拗ねてしまったアイリに、ジョウイは失敗したと頬を掻き、カイは苦笑いを浮かべる。 「あのね、アイリ」 「いいよ別に。言えない事言わなくても」 「そうだけど……そうじゃなくって」 本人達にとっては至って真面目だったりする、リィナから見れば微笑ましい ちょっと抜けたやり取りを交わしながら歩いていると、ふと気付けば随分と辺りの霧が濃くなっていた。 少し前を歩いているカイ達の姿すら、薄く灰掛かっているのだ。 「随分、霧が濃くなってきたわね……」 「まっしろー」 「可笑しいですね」 唐突な異変にジョウイは辺りを見回し神経を研ぎ澄ませば、その動きにカイもアイリを庇う様にして前に出ながら辺りを見渡す。 すると
戦闘体制を取ろうとするが、あまりに奇怪な状態に皆が呆然と、それが形作られるのをただ見ていた。 「あれが、霧の……化け物……」 人の様に手や頭と思われるパーツはあるものの、人間のそれとは大きさも形も違う。 異形だ。しかも、実態があるのかも判断が付かない。 空中にぼんやり浮かぶ水蒸気の様な、得体の知れない物体と称するしかないものが彼らの目の前に現れ 突然、その手を刃の様な形に変えて襲ってきた。
狙われたのは、霧の化け物から一番近かったカイ。 しかしそこは、持ち前の勘と反射神経の良さで背後にいたアイリごとその場から離れると 「大丈夫なとこまではなれてて!」 彼女の返事を待たず、武器を構えて飛び出していく。
攻撃が大ぶりな事もあって機敏なカイが懐に飛び込むのは造作もなかった。 だが、懐に飛び込んで分かった事は、そこまで近くにきても実態が感じられないと云う事。 試しに一発トンファーを、おそらく鳩尾だと思われる辺りに打ってみるが 手応えというものが殆ど感じられない上に、化け物の身体だと思しき部分を通り抜けて後ろに回ってしまった。 「これはっ!?」 「分かんない!」 カイの後から飛び出してきたジョウイも、棍で同じ様に霧の化け物の身体を打ってはみたが 手応えと云える程のものはないし身体は通り抜けるしで、混乱するのも当然と言える。 「実態がないのか……それとも、本当に」 「幽霊じゃないよ。そういう感じ、ゼンゼンしないもん」 攻撃してきた二人に完全に意識が傾いているらしい化け物は、アイリ達の方など気にせずひたすらカイ達に襲い掛かってくるも 攻撃しあぐねているだけで彼等に余裕はたっぷりとあり、平然と会話を交わしながら攻撃を軽く避けていく。 「逃がしてくれそうもないし、どうすれば……」 「他の所に体があるのかな?」 「どうだろう。微かにも手応えがあった事を考えると、本体はあれだと思うのが普通だけど」 「でも、打げきじゃあんまり効かなさそうだよね」 「そうだな……」 緊張感が途切れかけていたその瞬間、バチッと云う音がしたかと思うと 「うわっ!?」 鋭い光が二人の足元に打ち落とされた。
新手のモンスターが現れたのかと辺りを見てみれば、先程まで異形の形をしていた霧の化け物が 今は人間の、女性を象っているではないか。 その手の先には、今落とされた雷と同じ緑色の光を貯めている。 「成る程……目撃証言の、形に関するものがバラバラなわけだ」 「変身するんだ! スゴイねジョウイ!」 「喜んでる場合じゃない、くるぞ!!」 形が変わると動きの速さまで変わるのか、次々に落とされる雷。 今迄の余裕はなく、近付く事も出来ずに避ける事で精一杯になっていると 「カイ、ジョウイ! 横に飛べ!!」 アイリのそんな声が耳に届いて、後ろを振り返る事無く反射的に横に飛べば 二人の真横を通り過ぎて、真っ直ぐに飛んでいった炎の矢。
霧の化け物に当たって、炎上する視界を払って振り向けば 火の紋章を宿した右手の甲を赤く輝かせたリィナが、にこやかに微笑んでいた。 「だからって何も言わずにぶっ放す事ないじゃないか! もう少しで2人に当たるところだったんだぞ!!」 「大丈夫よ。二人とも腕は立つようだもの、ちゃんと避けてくれたわ。ね?」 「は……はぁ……」 「あ、はは……は……」 心底恐ろしい人だ、と思ったとか思わなかったとか。
その言葉で、皆の視線が再び霧の化け物に向かう。 確かに、カイとジョウイが物理的ダメージを与えていた時よりもずっと効いてはいるようだが 消えた炎の中でまだ形を保つそれは、まだまだこちらを襲ってくる気満々といった様子で 先と同じ様に手先に溜まった光を、こちらへ落とそうとしている。 「さっき山ぞくが落とした火炎の矢の札、拾っておいたっけ!?」 「炎のかべの札もある筈だ!」 霧の化け物の方を警戒しながら、アイリが持ち物を詰めた鞄から札を三枚取り出した。 と同時に、襲い掛かってくる光に皆が一気に四散する。 「ボルガンはいつも通り、火吹きでお願いするわ」 「わかったー!」 「カイ、札の使い方覚えてる?」 「部隊でならったときぶりだから、ちょっとじしんないかも……」 「しっかりしなよ!」 落ちてくる雷をかわしながら、リィナは火の紋章の詠唱を始め、ボルガンは芸にもしている火吹きの準備を カイとジョウイにアイリは、手にした札に神経を集中させ
五人が化け物を囲む様に位置を取ると、アイリが大きく声を上げた。 それを合図に、紋章や札から発生した炎が一斉に唸りを上げて霧の化け物へと襲い掛かり あっという間に眼前が火の海へと変わる。
カイの小さく呟いた言葉と共に、消えていった。
暗くなる空の下、それぞれに準備を始めた。 霧の化け物を倒してからと云うもの、山賊共が天下を取ったと言わんばかりに押し寄せ それに逃げたり戦ったりを繰り返している事もあって、朝よりはペースも落ちていた為、意外に時間が掛かってしまったのだ。 「はぁー……これは私達だけじゃ、本当ヤバかったかもしれないね」 ようやく一息。といった感じで溜息をついたアイリに、ジョウイも苦笑いを浮かべながら言葉を繋ぐ。 「それを言うなら、僕達だけじゃもっと危なかったよ。リィナさんの火の紋章のお陰で、霧の化け物の弱点も分かったんだし」 「だったら、私達はあんた達の命の恩人みたいなもんか?」 「そうかもしれないよ、なぁカイ…………カイ?」 「カイ?」 ジョウイの横に座りぼうっと焚き火を見つめるカイは、どうも二人の声が聞こえていない様で。 「カイ!」 目の前で思い切り手を叩かれようやく、ジョウイとアイリが揃ってが自分を見ている事に気付き、おたおたと二人を交互に見やる。 「な、なに?」 「何じゃなくってー」 「カイ、何か悩んでるのか?」 「ぼーっと、たき火見つめちゃって」 「え、あ、うん、えっと……」 視線を彼方此方に漂わせバツの悪そうな顔をするカイに、アイリは首を傾げるだけだが 幼馴染は伊達じゃない。ジョウイは何か思い当たった事があるのか、優しくカイの頭を撫で 「カイ……あの霧の化け物の事は、君が気にする事じゃないよ」 彼を安心させようと、柔らかく微笑んだ。 しかしカイは、その微笑に困った様な笑顔を返すだけ。 「カイ……」 「気にしてるって、いうんじゃないだ。ただ、倒してしまう他に、何か、別の方法はなかったのかな……って」
「あの辺り、山ぞくもモンスターもゼンゼンいなかったから。きっと、モンスターや山ぞくもおそわれてたんだと思う」 「うん、そうだろうね」 「人や動物をキズつけちゃったから……倒されても、しかたなかったと思う」 「だったら、気に病むことなんてないじゃないか 「……うん……そうだね」 肯定の言葉を返しはするが一向に晴れる事のないカイの表情に、思わず顔を見合わせるジョウイとアイリ。 何時の間にやら彼等の思いはカイの気にしてる事を聞き出す事から、カイが笑ってくれる事に移行しているが 二人ともそんな事には気付かず、何を言ったものかと頭を悩ませていたら 「カイは、優しいわね」 食事の準備を終えたリィナが、微笑を浮かべて三人の元へ顔を出した。 「リィナさん……」 「姉貴」 突然の登場に驚くジョウイとアイリだが、カイは少し戸惑った顔をするばかり。 しかしリィナは、そんな表情を気にも止めずカイの横に腰を下ろすと、彼の頬を両手で包み静かに話し出す。 「霧の化け物が襲ってきたのは、あそこが彼のテリトリーで、私達はそこを侵害した者だからなんでしょうね」 「そうです、よね……ぼくらが……」 「だけどあそこは人の歩く道としてあって、何時から居るのかは分からないけれど、道が出来た後から現れた事は確かだわ 「……たたかういがいにも……きっと、あったはずです」 「私達は生きているんだもの。妥協も出来ず、共生も出来ないのなら……どちらかが、消えるしかないの」 「そんなの……そんなのは、さみしい……」 「そうね。寂しい……悲しい事かもしれないわ…… 「……はい」 「自分ではない別の存在と分かり合うという事が、何よりも一番難しい事なの」 旅暮らしのリィナ達にとって、土地の人達に受け入れられず辛い思いをしたこともあるのだろう。 それ故に、彼女の言葉は確実に芯を射抜く鋭さを持ち、カイに反論の余地すら許さない。
本当に優しく微笑むと、カイの頭を一撫でして 「どうすれば良いかを、ちゃんと考えられる優しい貴方になら……きっと出来るわ」 ゆっくりと立ち上がった。
嬉しそうな顔をしてカイを見るものだから、彼はまた一人で首を傾げるばかり。 「ね、ねぇ、2人ともどうしてそんなに……」 「さぁ、食事にしましょう」 「ごはんーーごはんーー。おなかすいたーー」 「私もお腹空いたー」 「そうだね。今日は随分歩いたし戦ったから」 「ちょ、ちょっとまってよ2人とも! なんか話しそらしたみたいな……」 「カイはご飯いらないのか?」 「いるよ! いるにきまってる!」 「だったら早くきなよ。なくなっても知らないぞー」 「わーー! まってまって!!」 ボルガンの配っている皿をアイリが取り上げると、カイがおたおたと慌てふためき それをジョウイが可笑しそうに笑えばカイが膨れて、ジョウイが焦って自分の皿を渡す。 昨日の晩も同じ様な事を繰り返していたというのに、飽きないものだと微笑ましげに見守るリィナは ふと、カイを初めて見たときの事を思い出した。
確かに容姿は一見少女に見えるくらいに可愛くはあるが、それが目に付く原因だとも思えない。 ならば、額に貼られた湿布薬の所為かと言えば。額を大きく陣取る白い布は目立つが、人目を引くだけの材料とは言い難い。 ようするに、カイ自身に何か人を惹きつけるだけのものがあるのだろう。 そういう考えに行き当たって、彼女は人知れず納得した。 旅暮らしの為、人と深く関わるような事はあまりなく、自分自身それほど深く人と関わろうと思ってはいないのに たった二日。歩みを共にしただけで、口をついて出てしまった本音。 しかしその二日でも十二分に感じる、彼の存在の強さ。 今思えば、初めて会った時にはもう、そういった部分を感じ取っていたのかもしれない。
紺色に染まった空の下、キラリキラリと星が瞬く。
04/10/07 |